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新型コロナウイルスの感染拡大で、社会の先行きが見通しにくくなっている。リモートワークの浸透で生活が変わり、仕事からプライベートまで、あらゆる行動を見直すようになった人も多いだろう。そんな中で自分を律し、力強く踏み出すにはどうすればいいのか。柔道で同競技初の五輪3連覇を果たした野村忠宏氏に、不安と向き合う方法などを聞いた。

野村忠宏(のむら・ただひろ)氏
1974年奈良県生まれ。祖父は柔道場館長、父は天理高校柔道部元監督という柔道一家に育つ。3歳で柔道を始め、96年アトランタを皮切りに、00年シドニー、04年アテネと五輪3大会連続で金メダルを獲得した。40歳で現役を引退し、現在は国内外で柔道の普及活動を展開している。

既成の概念が崩れ、不透明な状況が広がっています。野村さんは「一寸先は闇」の世界に身を置いてきましたが、不安な状況にどう向き合っていたのでしょうか。

野村忠宏氏(以下、野村氏):まずは目標を決めることです。私はいつも、長期ビジョンとしてオリンピックを設定し、そこから逆算し、目標につなげる道をつくっていました。結果を残さなければならない局面もあれば、大胆にチャレンジしていいときもあります。いろんな方法を試しながらも、目指すところだけはぶれないようにする。違うなと思ったら、やり方を修正していけばいいのです。

 私の原動力は、恐怖心と悔しさです。いつも結果にこだわってきましたが、こだわることで恐怖が生まれます。だから、勝負の世界に身を置いた瞬間、楽しさは求めなくなりましたね。何のために、誰のために、これでいいのか、という3つを常に自問していました。

目指すところが見えない場合はどうすればいいと考えますか。

野村氏:とにかく、目の前のことをガムシャラにやって、いいこと、悪いこと、身になること、ならないことを知ることではないでしょうか。私もそうして少しずつ己を知っていきました。自分の強さや弱さを知るというのは意味のあることです。今は何でも効率的に手に入るかもしれませんが、それを真に受けるのがいいとは思いません。

行動の意味を考え、自ら動けるようになったのはいつからですか。

野村氏:若いうちは勘違いを起こしがちですね。明確な目標を置いて、厳しい練習を積み重ねていても、一流の指導者からは、やっているフリと見破られる。努力はして当たり前で、どれだけ質を高めるかが重要です。人の一歩先を行くには意味のある努力をしないといけない。世界のトップレベルでは、極度の緊張感の中でゼロコンマ何秒の勝負をしています。

 最初の金メダルを獲得した1996年アトランタ五輪のときは大学4年生でしたが、初心の大切さ、勝負の厳しさをたたき込まれ、緊張感を与えてもらったことで頂点を取ることができました。その後、2000年のシドニー五輪を目指す中で、2連覇への道は自ら開く必要があると考えました。師匠には定期的に助言を頂きましたが、自立しようという思いが強くありました。