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1990年代後半から若い女性に絶大な人気を誇ったブランド「セシルマクビー」が店舗事業から撤退することになった。年内をめどに全国43の全店を閉じる。ギャルブームに火をつけたファッションビル「渋谷109」の中核店舗として記録的な売り上げを誇ったが、近年は迷走。再起に向けた対策を模索していたが、新型コロナウイルスの感染拡大で見通しが立たなくなった。同ブランドを運営するジャパンイマジネーション(東京・渋谷)の木村達央会長兼社長が、主力事業からの撤退を決めた背景などを語った。

木村達央[きむら・たつお]氏
ジャパンイマジネーション会長兼社長。1948年東京生まれ。71年学習院大学経済学部を卒業後、三菱商事勤務を経て76年、父親が創業したデリカ(現ジャパンイマジネーション)に入社。83年に取締役営業部長となり、90年に社長に就任した。2010年に代表権を持つ会長に就くが、16年に社長復帰。

セシルマクビーの43店舗を含め、全国で展開する105店舗のうち92店舗を閉じることになった。

木村達央ジャパンイマジネーション会長兼社長(以下、木村氏):新型コロナの感染が広がった3月以降、会社をどうすれば立て直せるかのシミュレーションを重ねた。そして、このままだと今年の秋口あたりには経営が厳しくなるという予測は避けられなかった。突っ走ると、従業員にも取引先にも、さらに迷惑がかかる、会社を潰してはならないと考えたのが出発点だ。

 逆算してどうすればいいかを熟慮した結果、今回の事業再構築に行き着いた。死なないためには大規模な外科手術をするしかなかった。計画通りにいけば、従業員に対する給与、退職金を約束通り支払えるし、再就職支援もできる。取引先に対する支払いも問題ない。私の理屈かもしれないが、最低限、(後処理には)余力を残して対応することが重要だと考え、このタイミングになった。

無借金経営ということだが、他の選択肢はなかったのか。

木村氏:返すあてがあっての借り入れだろう。今、先行きへの投資を考えるのは難しかった。3月以降、同業で倒産した事例が多く出ている。そういった形になるのはまずいと思ったのが一番だった。

結果として、570人いる従業員のうち、500人を解雇することになった。

木村氏:一番申し訳なく、当社としての最も大きな問題だと感じている。お店を撤退すると出店先のテナントや取引先にも迷惑がかかるが、最も大きなしわ寄せは人の問題に出る。これまでもブランドを閉鎖したことはあるし、店舗撤退もずいぶんやってきた。ただ、一時にこれだけの規模で縮小した経験はなく、再就職支援には最大限の努力をしたい。

 幸い、当社の社員は多くが店舗販売スタッフで年齢も若い。何社かの再就職支援会社と契約しているが、それとは別に、同業者や他の業界からの問い合わせもある。人に対するニーズはある程度あると思うので、責任を果たしたいと思う。

コロナ以前から業績は芳しくなかった。何がうまくいかなくなっていたのか。

木村氏:セシルマクビーが落ち込んだのは数年前からだ。1990年代後半のブレーク以降、20年ほどはそれなりの販売を維持してきたが、急に売れなくなった。社会が大きく変化していく中で対応ができなかった。そこに新型コロナがきて、最後のとどめを刺された。

 社会的現象で、最も大きかったのは若者の減少だ。これは誰もが分かっていることだが、若者向きに商品を販売している会社から見ると、少子化の影響は果てしなく大きい。次に、若い人が衣料品で自己主張をしなくなったこと。若者のファッションの概念が変わった。

 以前のファッションは衣料品を中心に身に着けるものという意味合いが強かったが、今はもう少し幅の広い自己表現になっている。お金の使い方が変わり、ショッピングセンターでも衣料品の売り場が急激に縮小している。

 セシルマクビーは日本のファストファッションの先駆けという自負を持っていたし、実際、そういう面はあった。世界で同じような競争に巻き込まれて特徴を発揮できなくなり、価格競争力では決定的に負けてしまった。