菅義偉首相は規制改革とデジタル化推進を主要政策に掲げる。しかし、電子政府一つとっても20年来の課題だが、遅々として進まない。規制改革も政官業のトライアングルが抵抗勢力となってきた。どこに課題があるのか。どう進めればいいのか。昨年9月まで政府の規制改革推進会議議長を務めた大田弘子・政策研究大学院大学特別教授に、その方策を聞いた。

菅首相は、規制改革とデジタル化の推進を主要政策に掲げています。長年、その改革に携わってきた立場として、どこに難しさがあり、何が課題だと思いますか。
大田弘子・政策研究大学院大学特別教授(以下、大田氏):まず課題となっている規制改革の1つは、「官製市場」、つまり株式会社が参入できなかったり、できても競争条件が既存勢力と同等でなかったりする分野の改革です。医療、介護、保育、農業などで、長年取り組んできました。
もう1つは、デジタル化に対応する規制改革で、2つの課題があります。第1は、これまでの規制がデジタル化の活用を阻んでいるような場合にそれを取り除くということ。医療や教育分野はその代表です。第2は、デジタル技術の進化が新たな産業や事業を興そうとするのを邪魔せず、促進するように法制を整えるという点です。例えば、再生可能エネルギーや自動運転などです。
オンライン診療に付いた制約の原因
「古い規制・行政の仕組み」でいえば総合取引所の例があります。証券や貴金属など商品の金融派生商品(デリバティブ)に一体的に投資できる総合取引所は2007年の経済財政諮問会議で構想されましたが、実現したのは今年です。12年余りもかかったのは何が原因だったのでしょうか。
大田氏:総合取引所については、私自身が第1次安倍晋三政権の頃から取り組んできたものです。なぜこんなに長引いたのかといえば、大きな問題は省庁間の縦割り構造でした。
株式や金利は金融庁、原油先物などエネルギーは経済産業省、農産物先物は農林水産省と所管が異なります。これが尾を引いたのです。もともと商品などを扱っていた東京商品取引所は、証券デリバティブなどを扱う大阪証券取引所と同様に、日本取引所グループの傘下に入りましたが、原油などエネルギー関連のデリバティブは今回の改革後も東京商品取引所に残ったままです。
世界では商品先物市場の取引が19年までの10数年で10倍近くになっていますが、日本は逆に大きく減っています。こういう問題をもっと幅広く、迅速に解消していく必要があると思います。
デジタル化については、菅首相はこれも主要政策の1つに掲げています。デジタル庁を設置し、行政手続きのオンライン化やマイナンバーカードの普及促進、国と自治体のシステム統一、それにオンライン診療やデジタル教育に関する規制緩和などを進めるという考えのようです。
大田氏:行政手続きのデジタル化など電子政府の実現はもちろん大事です。ただし、それに留まらず、社会全体のDX(デジタル・トランスフォーメーション)が必要なのだと思います。
ではどう進めればいいのか。規制改革の面からいえば、利用者の立場に立って、デジタル化の恩恵を十分に受けられるようにすることです。例えば、オンライン診療。医師会は、診療行為は「直接」「対面」が最もよいという前提に立っています。しかし、データの蓄積や経過観察など、オンラインだからこそできることがあります。
私が議長をしていた時代の規制改革推進会議でもこの問題に取り組んできましたが、なかなか溝が埋まりませんでした。ようやく18年4月からは健康保険によるオンライン診療を慢性疾患など一部でできるようになりましたが、制約が付きました。
一部の疾患で、しかも同一医師による対面診療を初診から3カ月以上続けた後、初めてオンライン診療が診療報酬の対象になりますし、3カ月に1度は対面診療が必要です。さらに何かあった時には30分以内に医師の元に行けるような状況でなければなりません。コロナ禍で今年4月からは、疾患の制限無くどんな病気でも初診からオンライン診療を受けることができるようになりましたが、これも時限措置で3カ月ごとに点検することになっています。
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