事業ポートフォリオの再構築で重要なのは、既にある事業をどう再編していくかだけではない。新しい事業を生み、育てていけるかどうかが、中長期的な成長を大きく左右する。その有力な手段がデジタルトランスフォーメーション(DX)。今回は、DXを軸に独自のプラットフォームを生み出した日本瓦斯(ニチガス)を取り上げる。

■本シリーズ連載ラインアップ
さらば「現金貯め込み」経営 昭和電工はなぜ日立化成を買ったのか
祖業も売却するオリンパス ガバナンス改革が支える本業集中特化
AGC、「両利き経営」の真骨頂 成熟事業も深掘りで勝ち尽くす
・ニチガス、DXが生んだ「蛍」 保安・配送の常識を変える(今回)

 「スペース蛍に関心があるのですが……」。ガス販売大手、日本瓦斯(ニチガス)の吉田恵一専務執行役員エネルギー事業本部長のもとに九州のLPガス会社から一本の電話が入ったのは、2021年初めのことだった。

 「スペース蛍」とは、自動でガスの使用量を計測し、ニチガスの基幹情報システムにデータを送る小型機器のこと。いわばガス版スマートメーターだ。ガス漏れデータも同システムに通知し、保安機能も支えている。蛍のような形をしていることからこの名前が付けられたという。

日本瓦斯のガス版スマートメーター、「スペース蛍」
日本瓦斯のガス版スマートメーター、「スペース蛍」

 ニチガスの基幹情報システムにはさらに別の機能がある。送られてきたデータを基に顧客のガス料金を自動で計算して請求。個人宅などに備え付けのLPガスがなくなりそうになると、ガスボンベの配送指示を物流部門に自動で送る機能もある。

 実はニチガスは、数年前からこれをプラットフォーム事業として新たなビジネスにしている。前述の九州のLPガス会社は6万件のスペース蛍を導入したが、そんな事業者向けに、このシステムを提供する。使用したい事業者は検針や保安・配送などの機能を全てでも、一部でも使うことができるようにした。

DXを通じて業界で共通する課題を解決する独自のプラットフォーム事業を生み出した日本瓦斯の柏谷邦彦社長(写真:清水 真帆呂)
DXを通じて業界で共通する課題を解決する独自のプラットフォーム事業を生み出した日本瓦斯の柏谷邦彦社長(写真:清水 真帆呂)

 ニチガスが関わるLPガス配送は関東圏しかできないものの、他の機能は全国どこの事業者も使える。事業者がガス機器などを問屋を通さずメーカーに直接発注できるアプリまで提供している。

 もともと、ニチガスは関東を中心にLPガスや都市ガス、電力小売りなどを手掛ける販売会社。だが、以前からデジタル化には熱心で、「基幹情報システムも12年に自社で開発したものが元になった」(柏谷邦彦社長)という。いわば自社のDX(デジタルトランスフォーメーション)を元に新事業を開発した形だ。