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新型コロナウイルスの感染拡大は、世界経済に激震を起こしている。欧米では、疲弊に耐えかねたように一部で経済活動再開の動きが出るが、感染のさらなる拡大に対する不安は強い。経済か生命か。さらに感染者激増で医療崩壊も現実になりつつある中、誰を優先して救うのかという問題も大きくなっている。人類に突きつけられた重い課題を、生命倫理学が専門の児玉聡・京都大学大学院准教授に聞いた。
米国では都市封鎖の解除と経済活動再開を求めるデモが各地に広がっている(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナの感染拡大が欧米で止まらない中、一部地域で経済活動再開の動きが見えます。感染拡大が抑制されてきた、もともと感染が少ない地域からということですが、懸念は残ります。突き詰めれば経済と人命を比較するような問題をはらんでいます。

児玉聡・京都大学大学院准教授(以下、児玉氏):私の専門の生命倫理学は、先端的な医療や医学が個人と社会にもたらす問題を考えるという学問です。例えば、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使って精子や卵子を作り、それを受精させてもよいかといったことや臓器移植の倫理性などを考えています。

児玉聡(こだま・さとし)氏
京都大学大学院准教授。京都大大学院文学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2003年に東京大学大学院医学系研究科・医療倫理学講座助手。2007年、同専任講師。2012年10月より現職。近著に『実践・倫理学』(勁草書房)

 確かに、半数以上の州で何らかの在宅命令が出されるなど都市封鎖(ロックダウン)の広がった米国では、共和党支持者を中心に規制緩和を求める声が上がり、ジョージア州などでは理髪店のような店舗の営業も始まっています。多くの州では経済活動の再開に向けた準備が始まっていると伝えられています。しかし、医療関係者は感染者数が高水準で高止まりしていることから懸念を示しているようです。

 これをどう考えればいいのでしょう。一見、経済か人命かという重い問題に思えるかもしれません。しかし、大恐慌以来というような不況が本当に広がり、長く続けば、そのことによる死者が出てくる恐れもあります。その意味で突き詰めていけば、経済か人命かではなく、「人命か人命か」ということにもなるのです。この問題については、そうした観点も含めて検討せざるを得ないと思います。

高齢を理由にICU利用を「制限」するイタリア

欧州の一部の国では感染者の拡大で医療崩壊か、それに近い状況になっています。日本も感染拡大が止まらなければ、その恐れがあると指摘されます。そんな厳しい状況になれば医療機器などを誰に使うかといった深刻な問題になるのでしょうか。

児玉氏:感染の拡大で重症患者が爆発的に増えると、人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)、集中治療室(ICU)のベッドなどが不足する恐れがあります。日本でも瀬戸際の状況の地域があります。

 新型コロナの感染による死者数が世界2位(4月26日時点)のイタリアでは、より多くの人の命を救うために、高齢を理由にICUを利用させないガイドラインが策定されています。実際、75歳以上や60歳以上はICUに入れないとしている地域もあります。つまり、若い世代に優先的に使うようにしているのです。

 英国医師会のガイドラインでも、年齢だけを理由に治療を拒否するのは法に触れる差別だが、基礎疾患を持つ高齢者の場合は治療中に亡くなる可能性が高いため優先度が低くなるといった判断は、倫理的にも法的にも認められるとしています。

イタリアではICUの利⽤についてのガイドラインが策定されている(写真:AP/アフロ)

その根底にはどんな考え方があるのでしょう。

児玉氏:イタリアや英国政府の考え方は正確には分かりませんが、英米圏の生命倫理学者の標準的な見解はこういうものです。新型コロナに感染して重症化したような場合、高齢者は短期で見た生存可能性が若者より低く、またもともと若者より余命も短いので長期的な生存可能性も低くなる。

 つまり、生存数、生存年数を最大化するという発想では高齢者の優先順位は低くなるというのです。だから、イタリア政府などが高齢を理由に医療機器などの使用優先度が下がると考えたのかは明らかではありませんが、学会や病院のガイドラインには、そうした考え方が含まれているのかもしれません。