日本電産が4月22日、創業者の永守重信会長CEO(最高経営責任者)から関潤社長COO(最高執行責任者)へCEOの交代を発表した。1973年に同社を創業し、世界一のモーターメーカーに育てた永守会長は初めて経営の最高責任者を外れる。市場が急拡大する電気自動車(EV)を中心に2030年ごろに売上高10兆円(21年3月期は1兆6180億円)を目指す大きな成長計画を、関社長が責任を負う体制で実現する。永守会長は代表権のある会長職にとどまり、関社長とともに新たな成長路線を走るという。CEO交代発表から一夜明けた永守会長に、その本音を聞いた。

日本電産会長CEO(最高経営責任者)。1944年京都府生まれ。職業訓練大学校を卒業。73年に日本電産を創業し、社長に就任した。ハードディスク向けから車載、家電、商業、産業用モーターまで事業を広げ、世界有数のモーターメーカーに育て上げた。2014年10月から会長兼社長CEO。2018年3月、京都学園大学(現・京都先端科学大学)などを運営する京都学園(現・永守学園)理事長、同年6月、会長CEOに(写真:太田未来子)

突然のCEO交代に産業界と市場は驚かされました。なぜ今、決断をしたのですか。

永守重信・日本電産会長CEO(以下、永守氏):大事なのは(自分が)元気なうちにバトンを渡すこと。突然CEOを任されたら大変でしょう。それに今、急に考えたわけではなくて70歳ぐらいからずっと後継者をどうするかは考えてきたのです。

 もちろん今までいろんな人を後継者候補として調べたり、(日本電産に)入れたりしてきた。けれども現場が分かっていないとか、技術にもう一つとか、いろんなことがあった。その点、関潤社長は、日産自動車で生産現場から上がってきて技術にも詳しいし、経営にも携わってきた。能力は非常に高いですよ。昨年から約1年社長をやって社員や幹部の人望も厚い。即断即決の経営手法も私と似ている。

 それにCEOというのは、世界中を飛び回らなければいけない。先日も関社長が、セルビアに建設する車載モーターの新工場の現地式典に出席し、大統領にも会ってきたけど、体力が本当に必要なんですよ。

CEO交代でも「変化はない」の真意

CEO交代の発表の場で「自分は、創業者であり、筆頭株主で代表取締役会長。そして取締役会議長も続ける。(CEO交代は)そんなに驚いてもらうことではない」と言われました。変化はないと強調したのはなぜですか。

永守氏:そう言わないと皆動揺するでしょう(笑)。何も変わらんので大丈夫だと言う必要があると思ったのですよ。あくまで事業の責任を持つのはCEOですよ。それで2人で(2030年ごろの)売上高10兆円を目指すということは変わらない。

 この2~3年、いろんな分野の専門家を入れている。関社長の経営スタイルは私に似ているから、どんどん決断して、その下の専門家集団を使ってもらう。そうやって動かしていくんですよ。

関潤氏(左)にCEOの座を譲る(写真:共同通信)

以前、永守さんは社長CEO時代に「自分は会長になった後、何代かの社長を後ろから見て、何か問題があったときに出て行って助けるという形になるのがいい」と話されました。今はどう考えていますか。

永守氏:それはまあ関社長だって永遠にやるわけではない。やがては会長になるでしょう。自分は創業者だから名誉会長とか何らかの役割で、それを支援していく。体力のある間は、それでやっていくつもりですよ。

 以前、(18年6月から2年弱社長を任せた吉本浩之・現副社長の時代に)集団指導体制でやっていたが、あまりうまくいかなかった。社長が専門家集団を使ってどんどん動かしていく即断即決の経営は維持していく必要があると思っていますよ。

関社長CEOとの役割分担について、もう一度うかがえますか。

永守氏:関社長にはCEOとして、今まで私が見ていた精密小型モーターの事業も含め全体を統括してもらうのは言うまでもない。

 今、70%ぐらいの仕事は自分でなくてもできるようになっている。これまで業務の細かいところまで目を光らせるマイクロマネジメントでやってきたが、それはグループ会社も自分たちである程度できるようになってきた。それらの会社のトップに権限を委譲しながらやっていきたいと思っています。

 一方で私は創業者。自分の会社を愛しています。自分にしかできないことをやっていきたい。

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