世界最大の小売業である米ウォルマートが、デジタルマーケティングの内製化に舵(かじ)を切った。広告プラットフォームを運用し、自社サイトや店内メディアに食品メーカーなどの取引先からの広告を出し、新しい収入源とする。米グーグルなどが広告関連の仕組みを変更し、外部情報の活用が難しくなることが背景にある。
米ニューヨークにある実験店舗。店舗内のデータセンターで店内映像を処理するサーバーが稼働している
「米国でトップ10の広告プラットフォームを目指す」
米ウォルマートは2021年1月末、デジタル広告を扱う部門を「Walmart Connect」として再編し、取り組みを強化していくことを公表した。取引先であるメーカーなどに対して、ウォルマートの店舗やウェブサイトで掲出するデジタル広告を提供する。
ウォルマートのジェニー・ホワイトサイドCCO(チーフ・カスタマー・オフィサー)は「我々はクローズドなオムニチャネルのメディア企業として、他の企業がまねをできない方法で顧客にサービスを提供できるビジネスを構築した。サービスを拡大し、エコシステム内で顧客に測定可能な価値を生み出していく」と説明する。
店舗の決済端末のディスプレーも広告媒体となり得る。写真はウォルマートの米ニューヨークの店舗
ウォルマートの動向に詳しいコンサルティング会社、IBAカンパニーの射場瞬代表取締役は次のように解説する。「デジタル広告内製化の狙いは大きく3つある。まずデジタル広告の分野がビジネスとして伸びると考えていること。2つ目はサイト内のデジタル広告で収益を上げるアマゾンへの対抗。そして3つ目が、店内のメディアを利用し、消費財メーカーが求めるデジタル広告のパッケージを開発して提供することだ」
ウォルマートの強みは顧客へのリーチだ。1週間に1億5000万人の顧客が店舗もしくはeコマースのサイトを訪れるという。
店舗では壁面や決済端末などに広告を表示できるディスプレーが合計で約17万台あり、広告媒体として活用していく。広告を出す日時や場所、顧客の購入商品などさまざまなデータと関連付けて、それに合わせた広告の出し分けも可能だ。
ウォルマートはネットでの購入や店内でのバーコードスキャンによる価格チェックなど、さまざまな機能を搭載したスマホアプリを提供している。今回のデジタル広告の取り組みが進めば、アプリに広告を出すだけでなく、店内にいる顧客にパーソナライズしたお薦め商品のクーポンを送ることも可能になる。消費期限が近い食品を値下げするといった情報を表示することもできる。
自社の広告も扱うが、食品メーカーや家電メーカーなどからデジタル広告を受注して運用するのが特徴だ。「大手消費財メーカーにとってはウォルマートという場で全米の顧客に望んだ方法で幅広く商品を訴求できる。一方、中小メーカーに対しては、限られた費用でAI(人工知能)を利用して狙った消費者に広告を打てる提案をしていくかもしれない。顧客のこれまでの購買行動などから買い忘れそうな商品を教えることもできる」(射場氏)
米ニューヨークの実験店舗。中型店「ネイバーフッドマーケット」に1000台以上のカメラを導入し、商品のAI画像処理をしている
ウォルマートは米ニューヨークにある実験店舗に1000台以上のAIカメラを設置し、店舗内の商品の動きを精緻(せいち)に把握する取り組みを進めている。新たな買い物の手法や店舗のあり方を研究する社内プロジェクト「インテリジェント・リテール・ラボ(IRL)」が進めている。IRLとWalmart Connectはともに、オフィスがニューヨーク近郊にあるとみられ、両部門が協力して店内での顧客行動の把握やデジタル広告を高度化していく可能性が高そうだ。
広告内製に向け買収や提携を加速
ウォルマートがデジタル広告の方針を大きく転換したのは19年春のことだ。英大手広告会社WPP傘下のデジタルマーケティング支援会社、米トライアドとの契約を終了。19年4月にデジタルマーケティングのプラットフォームを手掛けるスタートアップのポリモーフの買収を公表した。このように広告の内製化を進めてきた結果、21年1月期は広告収入が前年度比で約2倍、広告主の数は同2倍以上になったという。
ウォルマートはデジタル広告の内製化をさらに進めるため、アドテク企業との提携を積極的に進めている。21年1月末には「DSP」と呼ばれる広告配信プラットフォーム大手の米ザ・トレード・デスク(The Trade Desk)と提携。どのメディアにどのような広告を出すのか高速かつ適切に処理できるようにする考えだ。プライバシーに配慮したうえで顧客の購買データなどのデータも掛け合わせて分析し、広告の精度を上げていく。21年の年末商戦までに仕組みを構築して利用できるようにする。
さらに2月4日には、デジタル広告スタートアップの米サンダーインダストリーズ(Thunder Industries)の技術を買収すると発表した。サンダーの従業員もウォルマート側に移るとみられる。サンダーインダストリーズは、条件に応じて必要な広告コンテンツを自動で生成するサービスに強みを持っている。例えば、化粧品で顧客の推定年齢などに応じた広告を生成して出し分けることが、低コストかつ即座に可能になる。新広告配信プラットフォームと同様に21年後半までに利用できるようにする。
GAFAに頼らずデータを収集・管理し施策に
ウォルマートのデジタル広告組織「Walmart Connect」のサイト(写真:ウォルマート)
ウォルマートが広告内製に舵を切る背景には、米テック大手への風当たりの強まりとテック大手の対応がある。
ブラウザーで最大のシェア持つ米グーグルは22年1月までに、ブラウザーに広告を表示する「サード・パーティー・クッキー」と呼ばれる技術を利用できないようにする。これによって、サイトを閲覧している人が他のサイトに移動しても広告が追跡するように表示される「リターゲティング」ができなくなる。既に米アップルのブラウザー「Safari」ではサード・パーティー・クッキーを利用できなくなっている。
こうした動きにより、自社で顧客のプロファイルや行動を管理する動きが米国で活発化している。自社の顧客であれば「ファースト・パーティー・クッキー」と呼ぶ技術でこれまでと同様にウェブブラウザーで追跡などに活用できるからだ。
ウォルマートの大転換によって、デジタル広告会社にとってはこれまでの顧客がいきなり強力なライバルとして現れた格好だ。「既存の大手の広告会社は警戒しているのではないか」(射場氏)
翻って日本。小売業で同様の取り組みをしようとすると、やはりウォルマートのようにマーケティング企業の買収などで人材を拡充する必要があるだろう。ただ日本の流通業に詳しいコンサルタントは「日本の流通業はサービスやシステムの導入までの手段が目的となる。その先の収益やビジネスモデルの変革が大事なのだが」と指摘する。
その点ではウォルマートの子会社だった西友に出資した、楽天DXソリューションが注目される。楽天の流通業向けデジタルトランスフォーメーション(DX)の支援会社だが、楽天はデジタル広告のノウハウを持ち、西友というリアルな場への関与を強めている。日本でもデジタル広告内製への動きが広がるだろうか。
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