北朝鮮は10月14日、日本海に向けて弾道ミサイルを撃ち込んだ。9月下旬以降のわずか約3週間で8回目という、異例の高頻度での弾道ミサイル発射を記録したこの日、くしくも日本の警察庁や金融庁などが、北朝鮮当局が運用するサイバー部隊への警戒を促す声明を発表した。

10月10日に戦術核運用部隊の訓練を視察した北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記(写真:KNS/KCNA/AFP/アフロ)
10月10日に戦術核運用部隊の訓練を視察した北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記(写真:KNS/KCNA/AFP/アフロ)

 最貧国の北朝鮮で、核・ミサイル開発に必要な資金を調達する重要な役割を担っているのが、金正恩(キム・ジョンウン)総書記ら最高指導部が直轄しているとされる諜報(ちょうほう)機関、偵察総局傘下のサイバー部隊だ。

 英国軍の元諜報員は、「一般的に国家が手掛けるサイバー攻撃は諜報活動や破壊工作が目的だが、北朝鮮は金銭目的のサイバー攻撃に手を染める世界でもほぼ唯一の国家(地域)だ」と解説する。情報セキュリティー業界で「ラザルス」や「ブルーノロフ」などと呼ばれる複数のサイバー部隊が暗躍しており、サイバー兵士たちが日夜、インターネット空間で金銭を強奪する機会をうかがっている。

 ブルーノロフが2016年にバングラデシュ中央銀行から8100万ドル(約120億円)を盗み出すなど、北朝鮮はこれまで法定通貨を扱う金融システムを襲うことが多かった。ところが近年、主な標的が暗号資産(仮想通貨)関連のシステムに移行している。

狙われた人気ゲーム

 データ分析会社、米チェイナリシスによると、21年に北朝鮮が盗んだ暗号資産は少なくとも約4億ドル(約600億円)相当に達した。そんな1年分の「成果」をわずか1回のサイバー攻撃で上回ったのが、22年3月に発覚したオンラインゲーム「アクシー・インフィニティ」に対するハッキングだ。ゲーム内でやり取りされる暗号資産のうち、約6億2000万ドル(約930億円)分が一気に盗まれた。米連邦捜査局(FBI)はラザルスなど北朝鮮のサイバー部隊の仕業だと断定。北朝鮮がもたらす被害の規模は拡大の一途だ。

 暗号資産は匿名性が高いため、法定通貨よりも強奪者の追跡が難しい。加えて暗号資産の関連業界では、サイバー攻撃対策に十分な経営資源を振り向けるのが、体力的に難しいベンチャー企業が少なくない。北朝鮮のサイバー兵士たちが主に餌食としているのは、そうした脇の甘い会社だ。

 対岸の火事では済まない。警察庁などは10月14日に発表した声明で、北朝鮮のサイバー部隊が日本でも暗号資産に関係する企業を標的にしていることが「強く推察される」とした。関係企業は一層守りを固める必要がある。

 韓国の諜報機関、国家情報院は、11月8日の米中間選挙までに北朝鮮が核実験に踏み切る可能性があるとしている。日本企業から盗まれた暗号資産で、日本を狙う核・ミサイルの開発がさらに加速するなどということは、絶対にあってはならない。

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