「水道水にウイルスが混入している」「2度感染すると死ぬ」……。新型コロナウイルスに関するデマがインターネットで流布しており、全国各地の自治体が住民に注意を呼びかける事態に発展している。
社会不安が高まり、関連する情報が不足しているときに、人は辻つまを合わせようと、デマに飛びつくというのが、社会心理学の通説だ。新型コロナのまん延で不穏な空気が社会を覆い、感染防止法や治療法が定かでない今はまさにデマが広がりやすい。
歴史を振り返れば、欧州でペストが流行した14世紀半ば、キリスト教徒の間で「ユダヤ人が井戸に毒を入れた」などというデマが拡散し、各地で多数のユダヤ人が殺害される悲劇が起きている。現代人は再びデマに踊らされてしまうのだろうか。
デマが拡散するメカニズムを知り、正しい知識でウイルスから身を守らねばならない。
集団から集団へ飛び火するウソ
ネットのデマは波紋のように中心から周辺へと均一に広がっていくわけではない。SNS(交流サイト)などでつながった集団から、別の集団へとデマが飛び火していることが、ネットの炎上対策サービスを手掛けるエルテス(東京・千代田)の調査から分かってきた。
ネットには新型コロナウイルスに関するウソがまん延している(写真:shutterstock)
ネットの利用者はSNSで自分の意見に近い相手とやり取りすることが多く、訪問するウェブサイトも同意見のものに偏りがちだと言われる。ツイッターの利用者は自らの政治的主張に沿った情報に接することが多いと、フィンランド・アールト大学の研究者が報告している。
政治的な主張を展開するウェブサイトでは、意見の異なるリンク先よりも、同意見のリンク先の方が圧倒的に多いという調査結果もある。その結果、ネットでは自然と価値観の似通う同士でまとまっていくことが知られている。
エルテスの江島周平マーケティング担当部長は、そうした集団を「クラスター」になぞらえる。ナイトクラブやスポーツジム、屋形船など密集した空間では、新型コロナに感染した数人〜数十人単位のクラスターと呼ぶ集団が発生しており、クラスターが新たなクラスターを生む悪循環に陥りつつある。
江島氏は「ネットでもデマが集団から集団へ伝わっている。最初にデマが発生した集団内で拡散が収まっても、新たに別の集団内でデマが広がり始める」と指摘する。
例えば1月26日から、ツイッターで「新型コロナの致死率は15%」とするデマが拡散した。デマがツイッターの集団内で一巡し、ようやく沈静化したのは30日である。
それから2週間後の2月14日に突如として再燃する。今度は掲示板サイト「5ちゃんねる」で「致死率は15%だ」とする書き込みが増え始め、翌15日には関連するスレッドが372も立ち上がった。
江島氏は、「新しい情報に飛びつく感度の高い集団から、低い集団へと順番にデマが伝わっている。両集団に属する仲介者がデマを伝えているようだ。集団から集団へ何回デマが伝搬するのか、現在調査を進めている」と言う。
危惧される中国人への偏見
集団を単位としてデマが広がる一因として考えられるのが、「エコーチェンバー(共鳴室)」と呼ばれる現象だ。集団内の価値観に合致した主義主張は周囲から賛同・称賛を受けやすく、確信が深まっていく現象を指す。たとえデマであったとしても、日ごろの主義主張を補強してくれるような情報であれば、集団内では「やっぱりそうだったか」という反応を呼び起こす。
特にメッセージが非公開である場合は、第三者から「デマだ」と指摘される可能性は低い。エルテスではツイッターで拡散したデマが、チェーンメールのように対話アプリ「LINE」を通じて別の集団に広がる現象も観測した。
江島氏は「LINEだとメッセージが非公開なので、外部の目には触れない。いわば閉鎖空間でデマが拡散しているようなもの。間違いに気づく機会がほとんどない分、危険だ」と指摘する。
SNSには「中国人夫婦が徳島で新型コロナをばらまいている」「中国人観光客が関西空港から病院に搬送され、検査前に逃げた」などと、中国人への偏見につながるようなデマが散見される。
約650年前の欧州で起きた悲劇を忘れてはならない。
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