外食業界が注目する、スマートフォンで注文から決済まで完結させるモバイルオーダー。ただ、以下のように、競争は激しさを増している。
- グルメサイトRettyがモバイルオーダーシステムをリリース(4月)
- モバイルオーダー、セルフレジ提供のOkageがKDDIやみずほキャピタルを対象に第三者割当増資などで計5.5億円を調達(3月)
- 券売機大手のグローリーが1月、Showcase Gigと資本業務提携(1月)
- NTTドコモのキャッシュレス決済サービス「d払い」が、QRコードを使って飲食店のテーブルから注文可能な機能を拡充(20年12月)
既にベンダー側の競争が「レッドオーシャン」の様相を見せている中で、外食店はどのようにモバイルオーダーを導入すればよいのだろうか。吉野家の割り切った考え方は、参考になる。
店内飲食「7分」という分岐点
お店はスマホの中にある、「デジタル外食店」という新業態で紹介した新興外食店は、アプリでモバイルオーダーを導入したが、ブラウザーベースのモバイルオーダーを取り入れたのが吉野家だ。
吉野家はアプリではなくブラウザーベースのモバイルオーダーを取り入れた
アプリ方式は、再来店を促す通知やクーポンのプッシュ発信、登録時に得られる性別や年齢の顧客情報を生かした進出地域や価格の策定などに役立てやすい。ブラウザーは顧客情報の蓄積や働きかけに向かない一方で、ダウンロードが不要で消費者が気軽に使いやすい。
吉野家の伊東正明常務取締役は、「顧客データの登録や、継続利用を促すために必要な費用は軽くない。モバイルオーダーの利用率アップによる業務効率化を最優先に考えた」と話す。
吉野家は1年ほど前に店内飲食向けのモバイルオーダーを試験してみた。カウンター席に座って来店客がスマホでQRコードを読み込み、注文するよりも、「座ると同時に従業員に『並一丁』と言ったほうが圧倒的に早い」(伊東常務)。店内での導入は無意味と結論づけて、テークアウトに狙いを絞った。牛丼の注文が多い店舗だと入店から食べ終わって退店するまで平均7分と短い。店内で食べる時間がなくてテークアウトを選んだ客が、行列に並んでは本末転倒だ。モバイルオーダーで事前に注文を把握できれば、来店時に合わせた調理で待ち時間が減らせる。
またテークアウト対応が効率化すれば、従業員が店内接客に力が割けて、店全体の業務効率が高まる効果が期待できる。そのためには、モバイルオーダーの利用率向上が最優先課題になるため、ハードルが低いブラウザーを採用したという理屈だ。
吉野家は外部アプリとの連携も進めている。NTTドコモのキャッシュレスサービス「d払い」内に、吉野家のモバイルオーダーのミニアプリを開設した。吉野家が「スーパーアプリ」側に手数料を支払わなくてはならないケースもあるが、利用率拡大のためと割り切っている。
将来的にはドライブスルーも「パークスルー」に進化させたいと伊東常務は考えている。車が行列を作るより、駐車場に車が滞留して、牛丼など提供が早いメニューからさばいたほうが効率的になるからだ。
B2C、B2Bの両方のセンスが開発には必要
顧客情報を得て、ファンを深掘りしたいのか、業務を効率化して顧客体験を向上させたいのか。もちろん両立も可能だが、自社のビジネスモデルに合わせてきちんと検討しなければ、投資がかさむだけで果実を得られない恐れがある。
例えば、従来型のPOS(販売時点情報管理)レジの中には、モバイルオーダーやデリバリーシステムと連携できずに注文をレジに「2度打ち」するケースがある。特にウーバーイーツや出前館など複数のデリバリー業者を使う場合、各社の注文受け付けタブレットが店内に散乱するという現象が起きている。顧客チャネルが増えても、業務効率が落ちて提供が遅れれば、収益に貢献できるかは怪しくなる。
Showcase Gigは従来型レジとモバイルオーダーの連携を得意とする
吉野家のモバイルオーダーを開発したITベンチャーのShowcase Gig(ショーケース・ギグ、東京・港)は、12年設立の「老舗」で従来型POSとの連携を得意とする。吉野家でももちろんレジと連携させた。新田剛史CEO(最高経営責任者)は「大手POSレジベンダーとの関係作りは時間が必要で参入障壁は高い」と語る。
難度が高いからこそ商機があるともいえる。外食業の経営支援を行うイデア・レコード(東京・新宿)もそこに注目した1社だ。同社のITサービス「GATE」は、モバイルオーダーやデリバリー、自社ウェブサイト、グルメサイトなどのITツールとPOSや本部システムをつなぎ統合管理する。鈴木豪取締役は「ITツールが増えるほど業務の根幹となるメニューのマスターデータ管理が重要になる」と語る。
イデア・レコードが手掛ける外食向けITシステムの仕組み
外食向けITツールの増加は、従来型POSに代わり、クラウドでデータを管理する「タブレット型POS」の導入を後押ししそうだ。
タブレット型は企業ごとのカスタマイズは難しいが、従来型より価格は安く、クラウド経由で他のツールと連携しやすい。1台100万円前後ともされるレジ専用機に比べると初期費用が低く抑えられるという利点から、中小・零細事業者中心に広まっている。
タブレット型POSを軸に、モバイルオーダー、勤怠管理システム、キオスクなど複数のツールを手掛けるポスタス(東京・中央)の本田興一社長は、「従来型のPOSレジごと置き換える受注も増えている」と話す。
POS大手のNECは14年にタブレット型に参入し、従来型と両にらみの戦略を採る。大手らしい全国の拠点を生かしたきめ細かな顧客対応が受け、チェーンを中心に950社、7000店まで導入実績を積み上げた。
ただ、様々なプレーヤーがモバイルオーダーに参入しているのは、「外食店の未来の姿を目指すというより、コロナ禍で外食店の経営が悪化して売り込むものが消去法的にモバイルオーダーしかなかった」(外食ベンチャー経営者)との厳しい見方もある。
消費者の使いやすさは当然として、外食店の業務にいかに寄り添えるかという「B2C(消費者向け)とB2B(企業向け)の両方のセンス」(Showcase Gigの新田CEO)が問われるだけに、流行に乗っただけのベンダーは早晩、退出を迫られるだろう。
店舗側の「かゆいところ」を意識しているのが、iPad向けPOSレジアプリ「Airレジ」を提供するリクルート(東京・千代田)だ。来店客が自分で注文するモバイルオーダーシステムと、従業員が注文取りに使うハンディシステムを提供している。ハンディは従業員が言い慣れた「略称」を、モバイルオーダーは正式名称で表示して、既存業務とモバイルオーダーを併存しやすくした。
「よなよなビアワークス」のモバイルオーダーは広告塔の役割も担っている
機能性以外の要素を付け加える動きもある。ビアレストラン「よなよなビアワークス新宿東口店」(東京・新宿)では、外食向け予約管理システムのトレタ(東京・品川)がモバイルオーダーの実証を進めている。
来店客は店員から渡されたQRコードをスマホで読み込み、テーブルで注文・決済を行う。その画面は、ブラウザーながらアプリのような見栄えの良さと使い心地で、デザインも「店の顔」となるようなしゃれたものとなっている。「非接触」で客と従業員との接点が減るなら、ツールに店側の思いを乗せようという発想だ。
激戦のモバイルオーダーを制するのはどこか。コロナ禍を経てさらなる進化を遂げた先に答えがありそうだ。
■変更履歴
掲載当初、「iPad向けPOSレジアプリ「Airレジ」を提供するリクルートライフスタイル(東京・千代田)」としていましたが、正しくは「iPad向けPOSレジアプリ「Airレジ」を提供するリクルート(東京・千代田)」でした。本文は修正済みです。
[2021/03/04 18:00]
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