そんな中で、書店員に求められる役割も変わった。一部の書店員がPOPなどを使って特定の本を熱心に紹介し、片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』(小学館、2001年)のような書店発ベストセラーが生まれた。04年には新刊書店の書店員の投票による文学賞「本屋大賞」が創設され、小川洋子『博士の愛した数式』(新潮社、03年)などの大ヒットに貢献し始めた。
一部の出版社が有名書店に文芸書のプルーフ(校正刷り)を送り、書店員のプッシュで発売直後の初速を上げる販促戦略を取るようになったのもこの時期だ。日常的に多くの本に触れ、一般読者に近い感覚を持った書店員という存在を、出版業界全体が重宝し始めた。連載の第1回、第2回で紹介した元さわや書店の田口幹人氏は、こうした流れの中で活躍してきた書店員の一人だ。
連載第1回:「本を置いたら客層が変わった」 静かに広がる“配本のない書店”
連載第2回:元有名書店員が編み出す新プラットフォーム
ネット通販との違いを打ち出し、様々な販促イベントを開催する「ハレの場」に変わりつつある書店は少なくない。書店員もまた、本を紹介する書評家や、企画プロデューサーのような役割に進出している。こうした状況は書店が時代に適応した結果だが、矢部氏はそこに懸念を感じてもいるという。自身のノウハウを出版しようと考えた動機もそこに根ざしている。
書店員が「飛び道具」に頼ることに不安も
「書店員が熱心に本を紹介することはすてきだが、その一方で本を仕入れて売るという普段の努力が評価されにくい風土が出来上がってしまったのではないか。そんな状況では若い書店員が売り方の基礎を身につけられず、イベントやPOPといった『飛び道具』だけに頼ってしまうかもしれない」(矢部氏)
矢部氏は、書店員の基本の仕事を「お米を売ること」に例える。特定の本を「ごちそう」として売り出すのもいいが、日常的に淡々と売れていく「お米」のような本があってこそ書店は成り立ち、出版の質も維持されるという考えだ。独立系書店やブックカフェだけでなく、多くの人の日常的なニーズに応える総合書店も生き残ってほしいという希望を、『本を売る技術』に込めた。
15年に書店の現場を退いた矢部氏は、現在は大日本印刷傘下のトゥ・ディファクト(東京・品川)に勤務する。担当するのは同社が運営する本のネット通販・電子書籍販売サイト「honto」における本の紹介サービス「ブックツリー」だ。著者や研究者、ジャーナリストなどに独自のテーマで選書と書評を依頼し、1回あたり5冊の本を紹介するウェブページを作る仕事だが、矢部氏の頭の中には「バーチャル書店」の売り場が広がっているという。
「書店を訪れて売り場を見ると、私ならこうする、という考えが湧いてくる」と矢部氏は語る。今でも気持ちは書店員のまま、ノウハウを次世代に託し、ネット通販サイトという新たな場で「本を売る技術」を模索する日々だ。
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