配本の流れから注文品を切り離す

 「ホワイエ」の売り上げが楽天ブックスネットワークの中で占める割合は、現時点ではまだ小さい。しかし「ホワイエ」の普及を目指す田口氏は、「『ホワイエ』を、従来の『本屋』に並び立つ概念に育てたい」とまで語る。それはこの事業が、出版流通の将来像を考えるための一種の“テスト”でもあるからだ。

 取次が独自に築いてきた物流網の危機が背景にある。取次各社は輸送会社を組織して、全国津々浦々の書店まで安価かつ安定的に配本する体制を築いてきた。雑誌と新刊書籍の配本がいわばポンプの役割を果たし、その流れに注文品を乗せることで書店の品ぞろえを維持する仕組みだ。

 しかし、輸送量全体の大半を占める雑誌の売り上げが落ち込んだことで、物流網全体が機能不全に陥りつつある。多くの場合、実際に本を書店まで運ぶのは大手輸送会社の下請けや孫請けの中小企業。カバーする地域の広さは変わらないにもかかわらず運ぶ量が減れば、そうした輸送会社の収支は悪化する。さらに近年のドライバー不足や人件費高騰も追い打ちをかける。

 それに対し、「ホワイエ」が使うのは取次の物流網ではなく宅配便だ。雑誌や新刊書籍の流れから注文品の流れを切り離し、代金請求と配送を外部に委託する。1冊当たりのコストは割高になるが、取次の物流網がカバーしていない地域にも柔軟に本を届けられるようになった。今後万が一、配本の物流網が維持できなくなったとしても、全国の書店の注文に応え続ける方法はあるということだ。

「出版はミニコミの集合体」

 現に全国の2割の自治体には、すでに書店が1軒もない。「書店ゼロ自治体」の数は400を超えている。取次と書店が大動脈となって日本の隅々まで情報を送り出していた時代は、すでに終わりかけているともいえる。そうした状況を嘆く業界人が多い中、田口氏はなぜ「本屋はじめませんか」と言い続けるのか。

 「書店がない地域でもネット書店で本は買えるし、図書館もある。それでも地域の人々が本を通して交流する『まちの本屋』は必要だからだ」(田口氏)

 田口氏にとって、「まちの本屋」は新刊書店である必要もなければ、本のみを扱う店である必要もない。店主が「これぞ」と思う本を「ホワイエ」で仕入れ、他の商品やサービスと組み合わせて相乗効果を生み、その店が管理できる“身の丈”の範囲で売っていけばいい。むしろ、取次から大量に送られてくる本を短期間だけ並べ、売れなければ返品するという意識の書店の方が、一冊一冊の可能性に十分に向き合えていないのではないか――。そんな思いが、田口氏にはある。

 「出版業は本質的にマスコミではなく、ミニコミの集合体だと思う」というのが田口氏の持論だ。確かに2日間で3万人に1万冊を売った「本屋博」も、それぞれ異なる戦略を持った小さなブースの集合体だった。

 「本離れ」やデジタル化の波などで出版業界の将来が危ぶまれるようになって久しい。ノンフィクション作家の佐野眞一氏が『だれが「本」を殺すのか』を発表したのは01年2月のこと。あれから20年近くを経て、全国の新刊書店と、それを支える出版流通が危機にひんしているのは事実だ。

 しかし、それがすなわち本の衰退だと考えるのは早計かもしれない。従来の出版流通から解放されるとき、本の届く範囲はむしろ広がる――。「本屋博」や「ホワイエ」の事例は、そんな可能性を示しているように見える。

 次回(3月23日掲載予定)は、19年まで書店員として活躍し、現在は楽天ブックスネットワークで本の可能性を模索し続ける田口氏の足跡を振り返る。書店・出版業界の常識を打ち破ってきた原点はどこにあるのか。

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