2011年3月11日に発生した東日本大震災から10年目に入る。福島第1原子力発電所は廃炉に向けた必死の作業が続くが、汚染水や廃棄物の処理など重い難題が立ちふさがる。その現場に2月半ばに入った。

福島第1原発1号機は水素爆発で建屋上部が吹き飛んだ。今も無残な姿を残している(写真:代表撮影、以下同)
敷地内海側にあった廃棄物焼却のための高温焼却炉は津波の爪痕をはっきり残している

 入所前から物々しい検査が行われた。身分証明書を提示し、写真と筆者を照合し、指紋も採取する。わずか10メートル先だが建屋の入り口にさしかかると再び指紋を使い、本人確認をしてようやく中に入れた。

 厳しい検査態勢は、テロ対策なのだろう。張り詰めた緊張感が伝わる。

 11年3月11日。東京電力(現・東京電力ホールディングス)福島第1原発に6基ある原子炉のうち1~3号機は核燃料が溶け出す炉心溶融を起こし、大量の放射性物質を広い範囲にまき散らした。海側に並ぶ建屋の一部は今も鉄骨がむき出しになり、ひずんだ配管が垂れ下がる。事故から間もなく10年目に入る現場には傷痕がまだ生々しく残っていた。

 敷地内はトラックが時折通り過ぎる他は意外なほど静かだ。月平均4070人が廃炉作業に取り組んでいるという。事故の影響が大きかった1~4号機と周辺を除くと敷地の96%は平服で作業できるまでに放射線量は下がっている。毎月数千人の人たちが黙々と、着実に作業を進めてきた結果だが、行く手に目を向けてみれば廃炉作業にはむしろこれから本当の難路が待っているようだ。

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