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 9月10日、ロンドンの国会議事堂近く。黄色の付箋がついた書類を小脇に抱え、紺色のスーツをまとった男性は、カメラマンたちに慌ただしく周りを取り囲まれ、写真を撮られ続けた。追いかけ回されていたのは、欧州連合(EU)のバルニエ首席交渉官だ。

 普段は報道陣の問いかけに紳士的に答えることもあるが、当日はほとんど無視。マスクで顔が隠れているせいか、不機嫌に見えた。怒っているのであれば、それは英国のジョンソン首相に対してだろう。

 その前日、ジョンソン首相は発効済みのEUとの離脱協定の一部を一方的に修正できる国内法案を英議会に示していた。英国とEUが難産の末に生み出した離脱協定をほごにする内容で、EUからすると許しがたい暴挙だった。10月1日に欧州委員会のフォンデアライエン委員長は英国の法案が離脱協定に違反しているとして、法的手続きに入ったと表明した。

 英国は1月末にEUから離脱したが、今年末までは移行期間として従来と同じルールで、英EU間の貿易は関税ゼロが続いている。移行期間が切れる今年末までに自由貿易協定(FTA)を結ばなければ、年明けから関税がかかり貿易などに大きな影響が出ることが懸念されている。ジョンソン首相は10月15日のEU首脳会議までに合意に達しなければ、交渉を打ち切ることを表明し、EUに揺さぶりをかけている。

 昨年まで日経ビジネスのロンドン支局では、英EU離脱(ブレグジット)の記事を集中的に掲載してきたが、今年に入ってからは新型コロナウイルス関連のニュースが多く、あまりブレグジットについて取り上げてこなかった。ブレグジットの最終章を迎える前に、その企画、主演とも言えるジョンソン首相の動向を中心にブレグジットを振り返り、交渉の現在地を確認したい。

9月10日にロンドンの国会議事堂近くを歩くEUのバルニエ首席交渉官(写真中央のマスクに手を当てる男性)

 新型コロナによる都市封鎖(ロックダウン)が長期化した影響で、英国の20年4〜6月期の国内総生産(GDP)は、前期比19.8%減と欧州で最大の落ち込み幅だった。いち早く経済を立て直さなければならないが、今もブレグジットの交渉に政治家たちの労力が費やされている。

 ブレグジットの始まりは、16年6月のキャメロン首相による国民投票の実施だ。同首相は議会内で反EUの機運が高まる中、国民投票によってEU残留の支持を得ることによって政権基盤を固めようとしていた。ところが、国民投票ではまさかの離脱賛成が52%でブレグジットが決定。ここから離脱のあり方を巡って英国内の混乱が続いていく。

 この当時から大胆な動きを見せていたのが、現首相で当時は直前までロンドン市長だったジョンソン氏だ。自らが各地を行脚したほか、英国のEUへの拠出金を大げさに見せ、その金額を真っ赤な広告バスに張って全国を走らせるという離脱キャンペーンを展開した。彼のトリッキーな立ち回りは、この当時から英国民の注目の的だった。

16年6月の英国のEU離脱を問う国民投票の前に、ジョンソン氏(写真左)は様々な離脱キャンペーンを展開した(写真:Press Association/アフロ)