岸田文雄首相は3日の所信表明演説で、成長産業への労働移動を促すリスキリング(学び直し)支援に、5年間で1兆円を投じることを明らかにした。特にソフトウエアのエンジニアなどデジタル分野は人材が不足しているため、こうした人材育成への支援拡充が期待されている。

 ただ企業は国の支援を待たずにいち早く従業員のリスキリングを進めなければ、競争を勝ち抜くことが難しい。ドイツでは国家的な支援もあるものの、企業が率先して従業員のリスキリングを促している。ドイツ企業の中でも特に取り組みが早いボッシュは、どのような問題意識を持ち、リスキリングを進めているのか。同社の人事担当取締役のフィリズ・アルブレヒト氏に話を聞いた。

フィリズ・アルブレヒト氏。ボッシュ取締役。人事や法務、サステナビリティーなどを担当。1971年ドイツ生まれ。2021年1月から現職
フィリズ・アルブレヒト氏。ボッシュ取締役。人事や法務、サステナビリティーなどを担当。1971年ドイツ生まれ。2021年1月から現職

ドイツの自動車産業では、内燃エンジン車から電気自動車(EV)への大きなシフトが進んでいます。ボッシュはこうした産業構造の転換に対応するために、従業員のリスキリング(学び直し)をどのように進めてきたのでしょうか。

フィリズ・アルブレヒト氏(以下、アルブレヒト氏):当然、EVシフトはここ数年の課題として私たちが扱ってきたことです。この転換は、内燃エンジン車から電動車への移行だけでなくデジタル化、自動化という他の分野も関わってきます。ボッシュでも欧州、特にドイツで多くの労働力をシフトさせています。

 まず、内燃エンジン部門では職種ごとにそれぞれの対応をしなければいけません。この部門にはエンジニアや営業、購買、事務作業などの役割を担う従業員がいます。また、製造現場の特に生産ラインでは多くの人が働いています。

 この転換は全ての職種に関係があり、従業員の技術や適性をどのように将来の新技術に生かすかについて、常に考えています。 どの工場、地域にすべきか。新しい技術や能力をどのように使うべきか。また、既存の技術を手がけてきた従業員たちにどのように新しい技術を習得させるべきか。これについては、既存の分野から違う分野へと従業員を移行するプログラムを設けました。現在は、次の段階を掘り下げているところです。

 前提として、対象の従業員が他の分野での研修を受けたいとどれほど強く希望しているかによります。何歳なのか、どんな観点に注目しているのか。新しい技術を扱う分野に移動したい気持ちはどれくらいあるのか。また、その人の知的な能力と意欲にもよります。誰でもどんな研修でも、受けられるというわけではありません。個人ごとに対応していく必要があります。

 そのため、この段階で多くの準備が求められます。例えば内燃エンジンに携わっていたエンジニアをソフトウエアの仕事に適応させるためには、長い訓練期間が必要となります。大学と提携して、すでに500人近くが既存の領域からeモビリティーといった新しいソフトウエア部門へ異動しました。合計で最大1400人が内燃エンジン部門からEV関連のソフトウエア部門へと異動する可能性があります。

 また、そうした部門には他にも様々な職種があります。現在は、内燃エンジンからSOFC(固体酸化物形燃料電池)開発へと数百人が異動しているところです。意欲向上のための働きかけが多く行われています。

 従業員に新しいことを学び、新しい分野に足を踏み入れたいと思ってもらわなければなりません。また、交渉も多く行われています。誰が新たな部署に移れるのか、移りたいと思っているのかを判断し推し進めることも必要です。

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