日本で最低所得保障制度(ベーシックインカム)に対する議論が過熱している。火をつけたのは、竹中平蔵・東洋大学教授(元経済財政相)が9月23日のBS-TBSの番組で、一定所得以下の国民を対象に毎月7万円を支給するベーシックインカムの導入を提言したことだ。「生活保護や年金がいらなくなる」とも言及したことから、「ベーシックインカムの導入によって社会保障費を削減しようとしている」と強い批判が巻き起こった。
欧州ではベーシックインカムに関する議論の歴史は古く、様々な導入実験が重ねられてきた。2016年にはスイスで導入の是非を問う国民投票が実施されたが、反対多数で否決された。新型コロナウイルスの感染拡大で失業者の急増し、貧困対策として再びベーシックインカムに注目が集まり、スペインでは5月下旬に導入が決まった。
7月上旬に下記のような連載で、失業者の急増とベーシックインカムの動向を追った。それから3カ月ほどがたち、欧州ではベーシックインカムがどのように議論され、運用が進んでいるのか。スペインの最新状況を紹介する。
欧州大失業:目次
第1回:恐怖の秋、雇用維持策切れで英失業率4倍も
第2回:スペイン、「失業率25%」にあえぐ当事者の肉声
第3回:世界初? スペインのベーシックインカムの狙い
第4回:山森教授「ベーシックインカムは希望の言葉」
スペイン政府は5月末にベーシックインカムの導入を決め、6月中旬から申請の受け付けを始めた。その対象を低収入の生活困窮者に限定しているなどの理由から、専門家たちは「本来のベーシックインカムではない」と指摘しているが、約230万人を支給対象とするためベーシックインカムという概念において、かつてないほどの規模の制度導入となっている。
では、実際の支給がどのような状況になっているのか。結論から言うと、素早い給付を望んでいた人々の期待を裏切っている。社会保障当局の8月20日の発表によると、75万件の申請のうち審査したのは14万3000件で、承認したのは8万件にとどまるという。AFP通信の報道によると、承認した大半は既に財政援助を受けている人々で、新規の申請は8000件ほどしか承認できていないという。約230万人を対象と見込んでいるため、承認が大幅に遅れている。

審査や承認の遅れの原因の1つは、支給条件の複雑さだ。収入と扶養家族の人数に応じて、世帯月収が462~1015ユーロ(約5万7000~約12万6000円)になるように不足分を銀行振込で支給する。スペインに過去1年以上居住し、住所がある23歳以上65歳未満の人に限られる。ただし、扶養する子どもがいる場合は18歳以上とする。
給付条件は前年の平均月収を参考とし、前年の平均月収が最低所得基準に10ユーロ以上届かない場合に申請できる。20年に収入が50%以下になった場合も申請が可能だが、保有する不動産などの資産額には上限がある。
支給対象者が失業していない場合でも、収入が低い職種で基準を下回る場合は申請できる。失業支援やその他の給付金とも併用が可能だ。ただし、失業中の場合は公共職業安定所に求職者登録をしなければならない。その他にも様々な条件がある。
2つ目の原因としては、緊縮財政の中で公務員が削減され、審査手続きの人手不足が挙げられている。そもそもベーシックインカムには、社会保障給付を簡素化し行政コストを下げる狙いがあるが、スペインでは給付条件を複雑にした結果、手続きが遅れるという悪循環に陥っている。新型コロナの感染拡大によって生活が苦しくなった人たちは一刻も早い支援を望んでおり、その受給が遅れるのであれば制度の効果が薄れてしまう。
バルセロナ在住でウルグアイ移民のアルフレッド・ヴィアーナさんも6月中旬に申請したが、いまだに受理や審査の連絡はないという。少しでも資金が必要な状況だが、社会保障当局の動きが遅く支援を受けられていない。相次ぐ批判を受け、スペイン政府は9月22日、申請の受付期間の延長や審査のスピードアップという改善策を発表した。
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