欧州の対中戦略が転換期を迎えている。これまで欧州各国は経済成長の起爆剤として、中国との経済的な結びつきを強めてきた。
だが、新型コロナウイルスの流行を機に中国の強権主義が目立つようになり、情報開示や人権に対する姿勢に各地で懸念が広がっている。
対中戦略の転換で先陣を切ったのは英国だ。ジョンソン首相は「英国は香港市民を見捨てない」と述べ、「英国海外市民(BNO)旅券」を保持する香港市民に、英国での市民権取得を促す方針を表明した。次世代通信規格(5G)から中国の通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)を完全排除することも決めた。
ただ、英国の決定は、中国と激しく対立する米国に追随した面が大きい。米国とも一定の距離を置く欧州連合(EU)は、どのような対中戦略を取るのか。9月中旬、EUの役職で最も強い権限を持つ欧州委員会のフォンデアライエン委員長の言動に注目が集まった。
中国との距離感:目次(予定)
第1回:英国、ファーウェイ完全排除で負う代償
第2回:英国の「ご都合主義」に牙をむく中国マネー
第3回:英弁護士「香港人の英国移住は難しい」
第4回:英教授「学生同士が『香港発言』監視の恐れ」
第5回:英元外交官「英国人は中国に無関心だった」
第6回:嫌米と中国依存に揺れるメルケル独首相の花道
第7回:チェコ上院議長の台湾支持、対中で割れる東欧
第8回:イタリアの親中強まる? 一枚岩になれないEU

欧州委員会のフォンデアライエン委員長は9月中旬、中国に関する重要な会談と演説を行った。9月14日、EUのミシェル大統領とEU議長国ドイツのメルケル首相と共に、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席とのテレビ会談に臨んだ。
新型コロナで大きな打撃を受けたEUにとって中国との経済関係は重要で、年内に投資協定を結ぼうとしている。ただ、EUは中国に進出したEU企業が現地で技術や個人情報の開示を強制される可能性などに懸念を示しており、これらの問題について議論が交わされたようだ。
正面から意見が対立したのが、人権問題だ。EU首脳は香港や新疆ウイグルの人権問題で懸念を伝えたが、中国国営の新華社の報道によると中国の習近平国家主席は内政干渉には反対の姿勢を示した上で、「人権の先生はいらない」と真っ向から反論した。
フォンデアライエン委員長は16日に欧州議会で行った一般教書演説で、さらに対中戦略のスタンスを明確にした。「中国は交渉のパートナーであり、経済上の競争相手、体制上のライバルである」と明言した。「体制上のライバル」というのは、前後の文脈からして、民主主義に対する政治体制上のライバルという意味と推察できる。
また、中国を含む世界の人権問題に対する批判のトーンを強めた。改めて香港やウイグルでの人権に関する問題に警鐘を鳴らした上で、「欧州版の米マグニツキー法」を導入する意向を示した。マグニツキー法とは、人権侵害などに関わった国外の人物に対し、迅速に域内の資産を凍結したり、ビザを取り消したりできる法律で、この欧州版の成立に意欲を見せた。
さらに、習近平国家主席の「人権の先生はいらない」という発言に対してか、フォンデアライエン委員長は次のように述べた。「欧州にも問題がない訳ではない。ただ反ユダヤ主義について我々はそれを公で話し合い、批判は受け入れられるだけでなく、法的に保護されている」。
欧州各国では対中感情が悪化
フォンデアライエン委員長が中国に強気の姿勢を示す背景には、新型コロナの流行を契機に、中国の強権主義が露わになり、欧州内で反発が強まっていることがある。
独シンクタンクの欧州外交問題評議会が7月に発表したリポートによると、「中国への見方が新型ウイルス危機で変化したか」と問う質問に対し、フランスやデンマークでは62%、スウェーデンでは52%、ドイツでは48%が「悪化した」と回答した。
チェコでは上院議長が台湾に公式訪問するなど、中国政府の見解に正面から異を唱える動きが出てきている。だが、欧州が対中戦略で一枚岩になっている訳ではない。象徴と言えるのが南欧のイタリアだ。
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