ソフトバンクグループは9月14日、傘下の英半導体設計大手アームを米半導体大手のエヌビディアに最大400億ドル(約4兆2000億円)で売却すると発表した。エヌビディアは自社の普通株式を買収の対価の一部として活用し、ソフトバンクGはエヌビディア株の約6.7%~8.1%を保有する見込みだ。
孫正義会長兼社長は、2017年にソフトバンク・ビジョン・ファンドを設立し、世界中のテクノロジー企業に次々と出資し、世界を驚かせてきた。だが、新型コロナウイルスの感染拡大で需要が急減し、ファンドの利益は大きく減少。孫会長は米通信大手TモバイルUSやアリババの一部株式など持ち株を矢継ぎ早に売却し、財務改善で守備を固めてきた。
だが、アームは孫会長が考案した戦略の中枢を担っており、その売却は他の株式の売却とは意味が大きく異なる。孫会長は中核戦略として無数の有力企業に出資し、それが自律的に結合する「群戦略」を掲げており、その原点にはアーム買収があった。

ソフトバンクグループにとって、英アームの売却は大きな転換点になる。それは、孫正義会長兼社長の事業家人生を振り返ると見えてくる。
実は、孫会長は16年におよそ3兆3000億円で半導体設計の英アームを買収する前に、事業家人生でも珍しい意欲減退の時期にあった。孫会長は60代で事業を後継者に引き継ぐという人生設計を立てており、57歳だった15年に米グーグル元幹部のニケシュ・アローラ氏を後継者に指名し、社長を退く意向を示していた。
今からちょうど1年前の日経ビジネスのインタビューで孫会長は、こう打ち明けた。「正直に言うと、事業が軌道に乗ってきて自分の後継問題などを考え始めたときに、事業に対する燃えるような面白み、戦っているという血湧き肉躍る気持ちが薄れてしまった」
孫会長は常に野心的で、失敗するときも前のめりに倒れるようなところがある。投資の規模や数が過剰だったなど、その失敗談はいずれもオーバーランや勇み足という表現が似合う。筆者は何度もインタビューをしてきたが、「意欲の衰え」という趣旨の発言を聞いたのは初めてで、驚いた記憶がある。
実際、アローラ氏が後継候補になり経営会議を仕切っている際に、孫会長の求心力が低下し、社内関係者は寂しそうな孫会長の姿を見ている。
それが、劇的に変わり、再び事業家としてのスイッチが入ったのが16年だった。6月末に突然、社長続投を宣言し、アローラ氏は会社を去った。孫社長は地中海に浮かぶヨット上で休暇を取っていたアームのスチュアート・チェンバース会長を追いかけ、7月4日に強引にトルコ南部の港町マルマリスに寄港してもらって説得し、買収をまとめた。
「あの港町のレストランから見た風景は忘れられない」と日経ビジネスのインタビューの際には、スマートフォンで撮った港町の写真も見せてくれた。英ロンドンの記者会見では「人生で最もエキサイティング」と話し、この10年間では珍しく多くのメディアのインタビューを受けた。
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