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 この数年、英国で最大の政治テーマは欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)だった。2016年の国民投票でブレグジットを決めてから、多くのエネルギーをEUとの交渉と国内の議論に割いてきた。

 英国のブレグジットと対中戦略は決して無関係ではない。ブレグジットで経済減速が懸念され、英国は以前にも増して中国の経済力を頼みにする戦略を取った。今年1月には米国の要請に反してまで次世代通信規格「5G」に華為技術(ファーウェイ)参入を一部容認した。

 ところが新型コロナウイルスが流行し、英政府はファーウェイの完全排除を決めるなど対中戦略を一変させた。なぜ英国の対中戦略は揺れてきたのか。英国における中国研究の専門家2人に、今後の英中関係の展望を含め話を聞いた。

 1人は中国・北京の英国大使館で一等書記官を務めた元英外交官で、今はロンドン大学キングス・カレッジのケリー・ブラウン教授。もう1人は、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)リサーチフェローのヴェール・ノーウェンズ氏だ。

中国との距離感:目次(予定)
第1回:英国、ファーウェイ完全排除で負う代償
第2回:英国の「ご都合主義」に牙をむく中国マネー
第3回:英弁護士「香港人の英国移住は難しい」
第4回:英教授「学生同士が『香港発言』監視の恐れ」
第5回:英元外交官「英国人は中国に無関心だった」
第6回:対中戦略の修正を迫られるドイツ
第7回:コロナで深まったイタリアの苦悩

ケリー・ブラウン氏。
ロンドン大学キングス・カレッジ、ラウ・チャイナ・インスティトゥート教授。英ケンブリッジ大学で修士号を取得したほか、英リーズ大学で中国の政治と言語の博士号を取得した。1998年〜2005年に英外務省に勤務し、その間に中国・北京の英国大使館の一等書記官や、インドネシア、フィリピンなどの支部の局長を務めた。

新型コロナウイルスの流行後、中国が世界的に影響力を強めようとしています。

ケリー・ブラウン英ロンドン大学キングス・カレッジ教授(以下、ブラウン氏):覇権を握ろうとしているなら、それがとりわけ成功しているとは思えません。ここには多くの議論があります。中国の政治モデルはとても変わっているため、他国に対して影響力を持つのは容易ではありません。日本と同じような民主主義モデルだったら、中国が覇権を握るチャンスはあるかもしれませんが、中国はそのようなモデルを採用していません。

 英国はこれまで欧州連合(EU)を介して対中政策を立案し、実行してきました。しかし英国のEU離脱(ブレグジット)によって突然、自ら対中戦略を考えなければならなくなった側面があります。また、米国が対中戦略に追随するよう強く求めています。だから英国は独自の対中戦略を持てないままでいるように思います。

新型コロナウイルスの流行後、英国と中国の関係はどのように変わりましたか。

ブラウン氏:これまで多くの英国人は中国に無関心でした。そのために英政府は数年前まで両国関係は「黄金時代」と言えたのです。ところが、新型コロナの流行で英国人が急に中国に対して注意を払うようになり、両国の間には様々な問題があることが知られるようになりました。

英政府はファーウェイを次世代通信規格「5G」から完全排除する決定をしました。これは両国関係にどのような影響を及ぼすと思いますか。

ブラウン氏:ファーウェイは10年以上前から英国の通信ネットワークを構築しています。英国はファーウェイとの問題をコントロールできると考えていました。今回、政策を変更したのは米国からの要求が大きかったのではないでしょうか。英国は米国との安全保障関係が重要さから、オーストラリアや日本と歩調を合わせてファーウェイを排除したのでしょう。北大西洋条約機構(NATO)を通じて英国は米国とつながっていることもあり、反対の立場を貫くことは困難です。