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 香港を巡って、英国と中国の対立が激化している。中国政府は6月末に香港国家安全維持法を施行し、香港への統制を強めた。

 香港の旧宗主国だった英政府は、同法が1997年の香港返還前に合意した「中英共同声明」に違反すると反発。同声明では「香港で50年間、社会主義の制度と政策を実施せず、従来の資本主義体制や生活様式を維持する」と明記し、「一国二制度」を保障していた。それが同法によって骨抜きになるとの懸念が広がっている。

 ジョンソン英首相は「香港の多くの人が、中国が維持すると約束していた自分たちの生活様式が脅かされることを不安に思っている。英国は香港市民を見捨てない」と述べ、ビザ制度の変更に乗り出した。香港返還以前に生まれた香港市民などを対象にした「英国海外市民(BNO)旅券」の保持者に、英国での市民権取得を促す方針を表明した。

 英政府は2021年1月から、BNOを保持できる資格のある住民と扶養家族に特別ビザを発行する。同ビザで英国に5年間住むと永住権が与えられ、その1年後に市民権を得られる。香港住民の約4割に当たる約300万人が英国の市民権を獲得できる可能性がある。さらに英政府は7月20日に、香港との犯罪人引き渡し条約を停止すると発表。ジョンソン首相は、「香港住民の人権や参政権への影響を考慮した対応が必要になる」と述べた。

 これらの英政府の対応について、中国外務省は「中国への内政干渉には断固とした措置を取る」「(BNOを)正式な旅券として認めない」と反発しているが、中国と対立する米政府は称賛している。

 英国には多くの中国人がおり、香港とのビジネス上の結びつきも強い。こうした英中対立によって香港のビジネスはどのような影響を受けているのだろうか。また英政府の方針によって、実際に多くの香港人が英国に移住するのだろうか。

 既に中国政府や英政府の要人、香港の民主活動家などが様々な政治的発言をし、報じられている。そこで今回は、香港のビジネスや英国への移住に関する専門家に話を聞いた。香港出身で、英国と香港に事務所を持つ英弁護士のレスター・カン氏がインタビューに応じた。

中国との距離感:目次(予定)
第1回:英国、ファーウェイ完全排除で負う代償
第2回:英国の「ご都合主義」に牙をむく中国マネー
第3回:英弁護士「香港人の英国移住は難しい」
第4回:在英専門家が語る「対中戦略」の要諦
第5回:対中戦略の修正を迫られるドイツ
第6回:コロナで深まったイタリアの苦悩

香港出身で英国の弁護士資格を持つレスター・カン氏。英国と香港で弁護士事務所を経営する

カンさんは香港出身で、英国と香港で弁護士事務所を経営していますね。まずはキャリアを教えてください。

レスター・カン氏(以下、カン氏):私は香港で生まれ、13歳で英国に渡ってから英国の教育を受けました。元妻と息子以外の家族はすべて、今も香港に住んでいます。英国で弁護士資格を取り、2004年から自分の事務所を持っています。香港出身なので、香港内のつながりも多くあり、香港中心部にも事務所を持っています。当事務所は、香港を含む世界中の様々な顧客を抱えています。

主にどのような分野や顧客を専門としているのでしょうか。

カン氏: 弁護士として働き始めた当初から、移民法を専門としていました。英国には世界中から移住の希望者が来るので、150以上の国や地域の人々に応対してきました。世界でも英国は大変人気が高く、英国を訪れたい、または英国のビザを取りたい人は多くいます。

 英国の事業に関する法律は香港や中国、日本と大きく違いますが、それを理解していない人が多いため、雇用における問題などが起きてしまいます。そうしたことから、私は徐々に顧客に幅広いアドバイスをするようになりました。商用や住居用の物件購入や雇用などについてです。これらの法律は国ごとに大きく異なります。

中国政府は香港の統治を強めるために香港国家安全維持法を施行しました。それに対して英政府は、香港住民の約300万人に英国での市民権取得を促す方針を表明しました。実際に、多くの香港人が英国に移住すると思いますか。

カン氏:ご存じのように英政府は、英国海外市民(BNO)旅券を保持できる資格のある住民に特別ビザを発行する方針でした。BNOは英国が中国に香港を返還した1997年より前に生まれた香港市民が持つ資格があるのですが、英政府はその扶養家族にも特別ビザを取得できる道を開こうとしています。英国に5年間住むと永住権が与えられ、その1年後に市民権を得られます。

 ただ、この措置は「何はともあれまず英国に入国し、それから徐々にいろいろなことを進めていく」という考えを後押しすることにはなるかもしれませんが、香港をいきなり離れるのはほとんどの人にとって大きな決断です。多くの人が移住するとは思いません。