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 第3回で紹介したように、スペインでは新型コロナウイルスの流行による経済対策の一環として「ベーシックインカム」が導入された。これは本来の内容とは異なるものの、他の国でも類似の制度導入の検討が進み、世界的に大きな注目を集めている。

 だが、この本来のベーシックインカムに対しては様々な疑問が持たれている。最大の疑問は、無条件で一定額のお金をもらえたら人々は怠け、労働意欲を失うのではないかという点だ。また巨額の予算が必要になることから、その財源をどのように確保するのかという問題もある。生活保護や失業手当など既存の社会保障制度との関係性を整理する必要もある。

 それぞれの疑問について、国際NPO「ベーシック・インカム・アース・ネットワーク」の理事を務める同志社大学経済学部の山森亮教授に聞いた。

欧州大失業:目次
第1回:恐怖の秋、雇用維持策切れで英失業率4倍も
第2回:スペイン、「失業率25%」にあえぐ当事者の肉声
第3回:世界初? スペインのベーシックインカムの狙い
第4回:山森教授「ベーシックインカムは希望の言葉」

ベーシックインカムは名称としては有名ですが、その内容についての理解度は個人差があるように感じます。まず、生活保護や失業手当などの社会保障制度との相違点から説明していただけますか。

山森亮教授(以下、山森氏):生活保護は所得や資産が一定額以下の世帯が受け取ることができます。

山森亮(やまもり・とおる)氏
同志社大学経済学部教授。Basic Income Earth Network理事。著書にBasic Income in Japan(共編、Palgrave Macmillan)、『ベーシック・インカム入門』(光文社)、『労働と生存権』(編著、大月書店)など。英国労働者階級の女性解放運動についてのオーラルヒストリー研究で2014年Basic Income Studies最優秀論文賞を受賞。必要概念の経済思想史研究で2017年欧州進化経済学会Kapp賞を受賞

 実際の運用においては稼働能力の活用を求められ、「働けるのであれば働いてください」と言われるケースが多くあります。福祉事務所はなかなか個別の状況を判断できないので、カテゴリーで判断してしまうことも多くあるようです。結果、生活保護の受給者の8割以上が、高齢者や母子世帯、障害者・傷病者世帯となっています。

 日本の場合、単身者の受給額は月約8万円ほどです。その基準を下回る収入で暮らす人々の中で、生活保護の受給者の割合である捕捉率は約15%にとどまります。日本が戦後、生活保護制度の手本とした英国では、捕捉率が約80%ぐらいです。日本は生活保護の受給者が210万人ほどであり、本来ならば対象となる生活水準で暮らす1000万人以上の方が、保護を受けられていません。

 捕捉率が低いのは生活保護だけではありません。失業手当も、失業者全体の約2割ぐらいです。近年、英国では失業手当の捕捉率が下がっていると批判されていますが、それでも6割程度はあります。

 このように現実に困っている人が生活保護や失業手当を受け取れていないという状況の中で、ベーシックインカムはそれを解消する手段の1つといえます。ベーシックインカムは「すべての人に無条件で一定の額のお金を給付する」制度のことです。生活保護などとの違いは、受給にあたって、第1に個人単位であること、第2に所得や資産の制限がなく普遍的であること、第3に稼働能力の活用などが求められず無条件であること、です。

 日本のような状況でベーシックインカムを導入すれば、捕捉率を100%近くにできます。働いても最低水準以下の収入しか得られない、いわゆる「ワーキングプア」と呼ばれる人たちの生活が大きく変わる可能性があるのです。