ロンドンの病院は医療崩壊に現実味

 ロッシ氏の勤めるロンドンの病院は、英国の希望と苦境を示している。ワクチン接種が進むものの、病院は危機的な状況にあるからだ。

 その病院では、医療崩壊の危機が近づいてしまっている。20年12月から多くの病棟をコロナ対応として、クリスマス前にはほとんどの一般外来を停止した。特に100床近い集中治療室(ICU)と高度治療室(HCU)のベッドが新型コロナなどの重症患者で埋まり、1月5日時点で新たな受け入れ余地がほぼなくなってしまった。「新規で重症患者が来た場合は、寒い廊下でストレッチャーに乗ったままベッドが空くのを待たせることになってしまうかもしれない」とロッシ氏は心配する。

 病床不足と共に深刻なのは、病院スタッフの不足だ。12月末以降、病欠のスタッフが急増している。自身が新型コロナに感染したり、子供が感染したりするなどの理由で自主隔離に入るスタッフが多いという。ロッシ氏は看護師長でマネジャーの立場だが、緊急でICUのヘルプに入ることが増えている。第2波(4)英病院の看護師長「もうコロナの戦場には戻りたくない」のインタビューで懸念していたことが、現実のものとなってしまっている。

 ロンドンの病院は患者の融通などで連携しているため、どの病院も同じような状況にありそうだ。またロンドンだけでなく、英国全土の医療現場で受け入れ余地が少なくなっている。実際、英国を構成する4地域の首席医務官は4日の共同声明で「いくつかの場所では今後21日間で医療が圧倒される重大なリスクがある」と訴えた。

 これ以上、医療現場に負荷をかけることはできないため、英政府はロックダウンの導入を決めた。そして、高齢者など感染リスクが高い人からワクチン接種を始め、2月中旬までに人口のおよそ2割に当たる約1300万人に接種を受けてもらう考えだ。つまり、ロックダウンはリスクの高い人々が接種するまでの時間稼ぎだとも言える。

英政府の接種間隔の拡大にメーカーが反発

 英政府はより多くの人が少しでも早くワクチンを接種できるように、リスク覚悟で異例の対応をし始めている。

 1つは、1回目と2回目の接種間隔の延長だ。メーカーは3週間程度を推奨しているが、英政府はより多くの人が1回目の接種を受けることを優先し、接種間隔を2カ月以上に広げている。実際、1月5日に1回目の接種を受けたロッシ氏の2回目の接種予定日は、10週間後の3月16日になっている。

 これに対して、ファイザーは「異なる間隔での接種は、安全性と有効性が検証されていない」などと反発。共同開発の独ビオンテックも「治験のデータがない」と説明している。英医師会も接種間隔の延長を批判し、メーカーの推奨期間内の接種を求めている。米政府は1回目と2回目の接種について、メーカーの推奨通りの間隔で接種する方針だ。

 もう1つは、英政府が種類の異なるワクチンの接種を容認したことだ。新型コロナウイルスワクチン接種に関するガイドラインで、2回目の接種において1回目と同一のワクチンを調達できない場合、異なるワクチンの接種を容認する方針を明らかにした。

 英イングランド公衆衛生局の予防接種担当責任者であるメアリー・ラムジー氏は、こうした接種の仕方は「極めてまれなケース」に限られるとの認識を示し、政府は推奨していないと述べた。実際、1回目と2回目で違うワクチンを接種することに対する抵抗感は強い。

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