どんなに過酷な環境でも、リーダーがチームをまとめ上げ、冷静かつ迅速に状況判断し、必ず成果を出すことを求められる組織。それが自衛隊だ。陸上自衛隊には、こうした能力を育てるリーダー養成機関「幹部候補生学校」がある。20~30人を率いる小隊長以上の幹部になるには、ここで原則9カ月間、寮生活をしながらリーダーとしての知力と人間力を徹底的に磨かなければならない。卒業するには、30kgの装備を背負い100㎞行軍し拠点を攻略するといった実戦を模した実員指揮訓練もクリアする必要がある。年間約1000人の候補生を、約400人ものスタッフが手厚く指導する、いわば陸自の“虎の穴”だ。

 この幹部候補生学校の元学校長で、約15万人の陸上自衛官育成の重責を担う陸上幕僚監部人事部長を経て16年に退官した、『自衛隊 最前線の現場に学ぶ最強のリーダーシップ』(WAVE出版)の著者の松村五郎氏に、陸自のリーダー養成メソッドを取材した。

(写真:PIXTA)

 陸自ではリーダーシップを「統率」と呼び、2つの要素で構成されると考える。1つは、部下を引き付ける人間力である「統御」。もう1つは、適時に適切な判断を下せる知力である「指揮」だ。

 幹部候補生学校では「統御」を、使命感、責任感、判断力、実行力、品性、体力・気力の6つの「資質」に分類。さらにその中身を28の精神要素に区分している。例えば実行力は、企画力、表現・説得力、積極性、率先垂範、強制力(実行を命じ監督する意欲)で構成される。そして、この28の精神要素を伸ばす内容を各カリキュラムに落とし込んでいる。

陸自幹部も育てた「幸之助イズム」

 ただし、候補生が自らの行動の指標にするには細分化しすぎているため、松村氏は学校長時代、松下政経塾の考え方を取り入れたという。

 パナソニック創業者の松下幸之助氏が日本を背負うリーダーを育成するために設立した同塾では、リーダーに必要な資質として「志」「元気」「素直」「愛嬌(あいきょう)」の4つを掲げる。

 使命感を持ち、活力にあふれ、思い込みや私心にとらわれずに傾聴や判断ができ、厳しい状況下でもユーモアを忘れず周囲を明るくする。そんな最強のリーダー像を端的に表現した言葉だ。松村氏は、この4つの言葉を、候補生や隷下の指揮官に、日々の自分の行動を点検するチェックリストにするように説いてきたという。

松村五郎(まつむら・ごろう)氏
元陸上自衛隊幹部候補生学校長。1959年生まれ。埼玉県出身。東京大学工学部原子力工学科卒業。戦略論修士(アメリカ陸軍戦略大学)。81年一般幹部候補生(U幹部)として陸上自衛隊入隊。陸上幕僚監部人事部長などを歴任。陸将に昇任し、統合幕僚副長、東北方面総監を経て、2016年退官。陸上自衛隊のイラク派遣では3次群長として現地での指揮にあたった。

 自衛隊では任務を遂行する際に、時に、部下に命を懸けることを求める。そこでリーダーにとって最も大切なものは、「部下からの信頼」だという。松村氏はこのチェックリストの他に、「信頼」を獲得するための4つの心得を説き続けてきた。

 1つ目は、「即実行」すること。例えば、部下から提案や要望があった場合、「いいね」などと口だけで生返事をするのではなく、できることは即行動に移し、できない場合はその理由や可能な時期などを明確に伝える。すぐにきちんとした反応を返すことで、相手は「受け止めてくれた」と感じ、信頼関係が育まれる。

 2つ目は、部下一人ひとりに「やりがい」を与えること。陸自では部隊が持つ力を発揮するために必要な要素は、「規律」「団結」「士気」の3つだとする。そのすべての源になるのが、任務へのやりがいだ。やりがいを感じさせるにはリーダーが、「任務の大義」を丁寧に説明し、全員にそのための「役割」を与え、任務の「成果を実感」させる工夫をしなければならない。

 3つ目は、人の話に耳を傾けること。リーダーとして成功した人ほど、他人の意見を聞かなくなる「罠(わな)」に陥りやすい、と松村氏はくぎを刺す。ピラミッド型の組織であればなおさらだ。たとえ若輩の部下の未熟な意見であっても、上申してくれたことに「感謝」を伝え、傾聴することで、様々な情報やアイデアがリーダーの元に集まる組織ができあがるという。

 4つ目は、「ポジティブ思考」。常に逆境での作戦行動が求められる自衛隊でチームを率いる上で、リーダーが悲観的だと、士気が著しく低下し、任務遂行が困難になる。部隊が置かれている状況や隊員の特性には、それぞれ有利な面と不利な面、長所と短所がある。リーダーは常にポジティブな面に意識を向ける癖をつける必要がある。状況をいたずらに悲観せず、メンバーの強みを活用して、有利な状況をさらに広げる方法を考えることを習慣にすることで、困難な場面でも一定の成果を上げられるようになる。

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