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 「ファイザーが開発した新型コロナウイルスワクチンの配送は『物流の悪夢』だ」

 11月16日付の米CBSニュースのサイトにこんなタイトルの記事が掲載された。

 ご存じの方も多いと思うが、この記事が問題視するのは、米ファイザーのワクチンは製造後、病院などの施設に届けるまでの間、基本的にセ氏マイナス70度以下の温度を維持しなければならない点だ。そうしなければ有効性が失われるという。

米ファイザーが開発したワクチンの高い有効性に世界が沸いたが、超低温保管という難題が……。どうやって配布するかが大きな課題だ(ロイター/アフロ)

 数カ月前から、同社のワクチンが超低温管理を必要とすることはちらほらと報道されていた。そのときは「搬送はどうするのだろう」となんとなく考える程度だった。

 だが、いざ最終治験で95%の高い有効性が認められ、年内の配布に現実味が帯びてくると、「安全に配布など本当にできるのだろうか?」という心配が急に湧いてきた。

 さらに同日、ライバルの米モデルナが開発中のワクチンでも、最終治験で94.5%の有効性を確認したとのニュースが流れた。なんと、こちらの管理温度はセ氏マイナス20度。このレベルなら、ほとんどの病院や薬局で簡単に入手できる冷凍庫で事足りるという。飛行機やトラックでの搬送システムも既存の医療用のもので済みそうだ。

 ではファイザーのほうはどうなるのか。これは米国だけでなく日本にとっても大問題だ。

 というのも、日本政府は2021年6月までに、ファイザーから1億2000万回分(6000万人分)の供給を受けることで合意している。モデルナからの供給は同9月までに5000万回分(2500万人分)。温度管理がはるかに難しいファイザーのほうが供給量が圧倒的に多いのだ。

 ちなみに米政府がファイザーから購入を約束しているのは1億回分(5000万人分)で、日本よりも少ない。米国は英アストラゼネカから5億回分、モデルナから1億回分、米ジョンソン・エンド・ジョンソンから1億回分を調達する計画だ。

 日本が今から「やっぱりファイザーのワクチンはやめてモデルナに変えます」などと方針転換することなどできない。

 ファイザーのワクチン事業部門で日本を含む先進国地域市場を統括しているジャニーン・スモール氏によると、同社は「Manufacture at risk」と呼ばれる手段で製造設備の準備を進めてきた。各国当局からの使用許可が下りていない段階から、リスクを取って製造準備に踏み切るものだ。開発や許可プロセスのどこかで不具合が出れば、ファイザーが損失を被る。それでもスピードを優先させるために同社はリスクを取ったわけだ。今更そっぽを向くわけにはいかない。

 ちなみに先進国向けのワクチン1回分の価格は、ファイザーが20ドル、モデルナが32~37ドルとなっている。

 これはもうファイザーのマイナス70度以下という条件を何としても守り、安全にワクチンを日本の国民に配布するしか道はない。

 「でも、どうやって運ぶのだろう……」

 頭の中に次々と浮かんでくる疑問を解決したくて、各社のリリースや米メディアの報道を読みまくった。具体的な搬送条件を知りたかったからだ。なおファイザーにも問い合わせているが現時点で回答は得られていない。スモール氏への取材は日本との契約が発表された時点で実施していた。

 その中で見つけたのが冒頭の記事。筆者の疑問を解決する情報が数多く記載されていたので、ここで要点をご紹介したい。

特別仕様の「スーツケース」も期限は10日

 ファイザーは配布に課題を抱えていることを認識しているため、ワクチンの搬送用に特別な「スーツケース」を開発していた。

 といっても見た目は何の変哲もないスーツケース大の箱。特別な処置が施されたドライアイスが入っていて、1000~5000回分のワクチンを収納できる。

 箱に冷凍したワクチンを収納し、完全に密閉して運べば、温度管理設備を持たないトラックでも運ぶことができるそうだ。問題は、目的地の病院などに到着してから。このスーツケースと中に収納したワクチンには、取り扱いにいくつもの細かな条件が付いていた。

 主な条件は下記の通りだ。

  • 1日に箱を開けられるのは2回まで。1回につき、開封時間は3分まで。
  • スーツケースの使用期限は、工場で箱を完全密閉してから最大10日間。なお、通常の冷凍庫でも一時的にワクチンを保管できるが、最大5日間。
  • スーツケース内のドライアイスは危険物のため飛行機に載せられない可能性がある。ファイザーは「許容範囲」としているため、ここでは「載せられる」と仮定して話を進める。
  • スーツケースの中のドライアイスを新しくすることで使用期限をさらに5日間、延長できる。ただしドライアイスは特別仕様のためコストはかかる。
  • 病院がマイナス70度以下を保持できる冷凍庫を購入すればスーツケースは不要になる。ただ記事によると、米国での購入にはおよそ2万ドルのコストがかかる。病院の投資としては大きい。
  • ワクチンは、同じ人に21日後に2回目を投与しなければ効力を発揮しない。そのため管理が複雑になる。

 読んでいるだけでおなかいっぱいになった。「もうダメだ!」と諦めかけたとき、ある“秘策”を思いついた。

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