「もういい加減大丈夫だろう。行こう!」

 日本が東京五輪で盛り上がっていた7月下旬~8月中旬、意を決して待ちに待った国内出張を再開した。

 待ちに待ったというのは大げさに聞こえるかもしれないが、都市封鎖期間が長かった米国では本当に「やっとここまで来た」という感覚がある。

 米国在住の人の中には「私はとっくに再開しています」という人がいるかもしれない。業種にもよると思うが、筆者の場合、取材先が対面取材をどう受け取るか、不快に感じないかを考え、オンラインで可能なものはなるべくオンラインでお願いするようにしてきた。全米でワクチンの接種率が高まり、マスク着用が不要な公共の場も増えてきたことから、「今なら不快に思う人も少なくなっただろう」と再開に踏み切った。考え方によるので、何が正解というのはないように思う。

 またニューヨークにいながら米国全体で起きていることを伝えるのには限界があるとも感じていた。インターネットであらゆる情報が手に入る現代。取材だってオンラインで十分に可能だ。だが、本当のところ、現場で何が起きているのか、それを通して何を感じたかを伝えられなければ、特派員の意味は薄れると考えていた。

 しかも米国の国土は日本の約26倍もある。同じ沿岸部でも東と西では人々の考え方や文化風習、支持政党やおカネの使い方が異なり、中西部や南部、山岳部ではまた別世界が広がっている。とにかく別の地域に行き、新型コロナウイルスの登場を経て様変わりした「米国の今」を知っておきたかった。

 出張先に選んだのは、テキサス州の3都市、コロラド州デンバー、アリゾナ州フェニックス周辺とカリフォルニア州ロサンゼルスだ。ほぼすべての取材が8月30日号の特集「シリコンバレーはもう古い?」向けだったので、取材結果はそちらをお読みいただきたい。

 本稿で取り上げるのは、出張でのこぼれ話だ。久々に別の土地に行ってみると「あれ? こんな感じだったっけ?」と驚くことばかりだったので、それを皆さんと共有したい。

 名付けて「(筆者が独断で決める)驚いたことランキング トップ5」。小話の連続ではあるが、そこから米国の「現在地」を再確認していただけるのではないかと思う。

 ちなみに今回の出張では喜び勇みすぎて24件も取材し、特集にすべてを反映できなかった。これから本コラムで少しずつ紹介していきたいと考えている。

第5位 マスク非着用の乗客をディスるウーバー運転手

 テキサス・コロラド・アリゾナの3州で計1週間半の取材を終え、ニューヨークに戻る前に特集とは別の取材でカリフォルニア州ロサンゼルスに立ち寄った。8月中旬のことだ。

 夕方に宿泊先に到着し、仕事はまだ残っていたものの、あまりにおなかがすいていたのでウーバーを呼んで近くのレストランに行くことにした。向かったのはマンハッタン・ビーチにあるThe Kettleというお店だ。運転手不足なのか、待ち時間が10分以上とこれまで回ったどの都市よりも長かった。

 出張での楽しみの一つは、ウーバーの運転手と何気ない会話をすることだ。何でもない会話の中から取材のヒントや一般市民の現実を知ることは多く、実は仕事にとても役立つ。

 「Oh my god! マスクをしてくれてありがとう」

 クルマに乗り込むや、運転手の白人女性にこう言われた。筆者がその理由を聞く間もなく彼女は続けた。

 ちなみに地域によってウーバーの運転手をしている人の層がまるで違うので、こちらもいつも興味深く注目している。この時は30代らしき白人女性で、圧倒的に移民比率の高いニューヨークとの差を感じた。帰り道も白人女性だった。

 「最近はマスクをしない人が多くて困っているの。だから、マスクをしてくれていて助かったわ! この間なんてマスクを手でブンブン振り回しながら『持ってるけどしたくないんだ』とか言って乗ってくる人がいたのよ。頭おかしいんじゃない?って思った」

 確かにニューヨークでも徐々にマスクをしない人が増えていたが、バスや地下鉄など公共交通機関を利用する時はほとんどの人が着用している。ウーバーでは着用していないと乗れないのがルールでもある。

 一方、直前に回ったテキサスやコロラド、アリゾナではマスクを着用している人はほぼいなかった。ウーバー運転手も顧客を乗せる時だけ(もしかしたら筆者が着用していたからかもしれない)慌ててする人が多かった。

 筆者の肌感覚にはなるが、マスクをしていない順にテキサス>コロラド≒アリゾナ>カリフォルニア≒ニューヨークだったように思う。

 カリフォルニアはニューヨークと同じ民主党支持者が多いため、マスク着用を拒む人はそれほど多くないはずだ。念のため「このあたりは、そんなにマスクをしない人が多いの?」と聞いてみた。

 「いや、する人は多いんだけど、1日何時間も仕事をしているとそういう人に遭遇するのよ。ほんっとうに頭にくる。こっちは命がけで仕事をしているのよ! 少しは他人のことも考えてもらいたいわ」

 「ワクチンは接種していないの?」

 こちらも念のため聞いてみた。ニューヨークではワクチン接種率が高まってから、マスクの有無でそこまでヒステリックになる人はほぼいなくなっていたからだ。

 「もちろんしているわよ。でも、していてもうつる可能性はあるし、症状が出ていないだけで媒介になるかもしれないじゃない。本当に信じられない」

 こう言いながら彼女は自分のマスクを鼻の上の方まで押し上げた。

 その様子を見ていて初めて気づいたが、彼女はほぼ目しか出ていないのではないかというくらい大きなマスクを着け、さらに防御用の眼鏡もかけていた。さすがにニューヨークでもこんなウーバー運転手は見たことがない。たまたまかもしれないが、地域によってコロナの受け取り方があまりに違うことに驚いた。

 その後も延々とマスクを着用しない乗客の文句を言い続けた彼女……。レストランに着いた時は正直、ホッとする自分がいた。

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り2654文字 / 全文5134文字

日経ビジネス電子版有料会員になると…

特集、人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

ウェビナー【日経ビジネスLIVE】にも参加し放題

日経ビジネス最新号、10年分のバックナンバーが読み放題

この記事はシリーズ「池松由香のニューヨーク発直行便」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。