日々のニュースを見聞きしていて浮かんでくる「結局、それってどういうこと?」という疑問を識者にぶつけてもやもやを解消する「ズバッと解説」シリーズ。第1回「バノン氏逮捕、元FBIの弁護士に聞く政治的意図の有無」に続いてお届けする第2回のテーマは「TikTok(ティックトック)のトランプ米政権提訴」だ。

2020年8月24日、動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」を運営する北京字節跳動科技(バイトダンス)などがドナルド・トランプ米大統領が発令した大統領令が違法であるとして提訴した。(写真:新華社/アフロ)
2020年8月24日、動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」を運営する北京字節跳動科技(バイトダンス)などがドナルド・トランプ米大統領が発令した大統領令が違法であるとして提訴した。(写真:新華社/アフロ)

 皆さんご存じの動画投稿アプリ「TikTok」。これを運営する北京字節跳動科技(バイトダンス)などは2020年8月24日、ドナルド・トランプ米大統領が同月6日に発令した大統領令は憲法違反であるとして、米カリフォルニア州中部地区連邦地裁に訴えを起こした。

 問題の大統領令とは、発令の45日後に米国民による同社とのやり取りを一切禁止するというものだ。

 このニュースを聞いてまたもや記者の頭に疑問が浮かんできてしまった。「一切のやり取りを禁じるって、これだけ多くの米国民がTikTokを利用しているのにそんなことできるのか?」「そもそも大統領令って何? どこまで許されている?」といったことだ。

 ちなみに今回の提訴の対象となった大統領令に加え、トランプ大統領は、14日にもバイトダンスに対して90日以内に米国事業を売却するよう命じる令を出している。27日には米ウォルマートが米マイクロソフトと組み、TikTokの米国事業の買収に名乗りを上げ、大きな話題となっている。

 前回に続き今回も、元FBI特別捜査官でイエール大学上級講師・米CNNコメンテーターのアシャ・ランガッパ弁護士に「ズバッと解説」をお願いした。

<span class="fontBold">【解説者】<br> 	アシャ・ランガッパ弁護士(Asha Rangappa)<br></span> 1974年、米国生まれ。両親はインド出身の移民。96年プリンストン大卒、2000年イエール大学法律大学院修了、03年にニューヨーク州とコネティカット州の弁護士資格を取得。01~05年は米連邦捜査局(FBI)防諜(ぼうちょう)局の特別捜査官としてニューヨークに勤務。現在はイエール大学上級講師、CNNコメンテーター。
【解説者】
アシャ・ランガッパ弁護士(Asha Rangappa)
1974年、米国生まれ。両親はインド出身の移民。96年プリンストン大卒、2000年イエール大学法律大学院修了、03年にニューヨーク州とコネティカット州の弁護士資格を取得。01~05年は米連邦捜査局(FBI)防諜(ぼうちょう)局の特別捜査官としてニューヨークに勤務。現在はイエール大学上級講師、CNNコメンテーター。

ニュースのおさらい

 まず「TikTok(ティックトック)による米政権提訴」のニュースをざっとおさらいする。疑問の解決にも関連するため、日本で報道されている内容より少し詳しく触れておきたい。

 今回、動画投稿アプリ「TikTok」を運営する北京字節跳動科技(バイトダンス)などが不服としているのは、ドナルド・トランプ米大統領が8月6日に発令した大統領令についてだ。そこには、こう記されている。

 「以下の行為をこの大統領令発令から45日後に禁じる。バイトダンスや関連会社とのいかなる人(any person)によるいかなる取引(any transaction)」

 この「いかなる人」に誰が含まれるかというと、「米国市民、永住権を持つ海外出身者、米国の法治下にある企業や団体・機関など、または米国にいる人」と説明されていた。要は米国にいる人全員、ということだ。記者も米国にいるので対象に入っている。

 かつ、この「いかなる取引」には両者間での全てのやり取りが含まれている。個人ならアプリのダウンロードや更新、企業なら広告の掲載や商品やサービスの売買などである。要はTikTokの運営会社が米国で事業活動ができないようにしているわけだ。

 「そんな無謀なお願いは聞けません」というのが提訴理由かと思いきや、そうではなかった。大統領令の内容そのものではなく、「同令が発令される前に何らかの対応をする機会が与えられなかった」点を不服としているのだ。

 米国憲法修正第5条では、適正な法的手続きなしに個人が生命や自由、資産などを奪われてはならないと定められている。バイトダンスなどは、この適正な手続きを米政府が怠ったと主張する。

 ここで記者がもやもやするのは、大統領令の内容が「何でもアリ」に見える点だ。仮に何でもアリだったとすると、大統領は“スーパーパワー”を手にしていることになる。それでは民主主義はどこへやら、ではないか。

 アシャ・ランガッパ弁護士にこの疑問をぶつけると、大統領令は実はかなり用途が限定されていることが分かった。

 またトランプ大統領の「連発」の背景に、あまり知られていない真実があることも……。これについては終盤で触れることにする。

新型コロナで目立った大統領令の「効力」

ポイント1:国家安全保障など領域は限定的

 ランガッパ弁護士が、そもそも大統領令とは何なのかを分かりやすく説明してくれた。

 「ご存じの通り、米国は三権分立のシステムで成り立っています。議会が法を制定し、大統領(行政)がそれを執行し、裁判所がその順守を強制します。大統領自身に法を作る権利はありません。ただ、ここから重要なんですが……」

 「例外があります。議会の審議を待っていると国が危機に直面する場合などには、大統領の権限で法的効力を持つ大統領令を発令することができます」

 「でも、その領域は大統領がもともと権限を持つ領域に限られます。国家安全保障、軍、海外との交渉や通商などです。これらの領域に限り、緊急を要する場合などに議会が大統領に法を制定する権限を『委任』しているのです」

 なるほど、だから新型コロナウイルスの感染拡大でトランプ大統領は、立法をつかさどるわけでもないのに、中国など海外からの渡航を禁止したり景気刺激策を立案したりできたのか、と納得した。

 確かに今回のTikTokに対する大統領令でも、冒頭にこう書かれていた。

 「大統領に与えられている、国際緊急経済権限法(IEEPA)と国家非常事態法を含む憲法上の権限に基づいて(発令する)」

 そして少し読み進めると、こうあった。

 「バイトダンスが所有するTikTokは米国内で1億7500万回、ダウンロードされている。これにより同社は、膨大なユーザーのオンライン上のアクティビティーや位置情報、閲覧・検索履歴を含む情報を自動的に入手できる。中国共産党はこれらの情報を活用し、連邦政府の職員や契約者などの場所を特定したり、脅迫のための材料を作ったりでき、企業スパイ活動を可能にする」

 TikTokの米国事業の継続は国家安全保障に関わる緊急事態、というわけだ。「無謀」とは言えない。

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3/14、4/5ウェビナー開催 「中国、技術覇権の行方」(全2回シリーズ)

 米中対立が深刻化する一方で、中国は先端技術の獲得にあくなき執念を燃やしています。日経ビジネスLIVEでは中国のEVと半導体の動向を深掘りするため、2人の専門家を講師に招いたウェビナーシリーズ「中国、技術覇権の行方」(全2回)を開催します。

 3月14日(火)19時からの第1回のテーマは、「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」です。知財ランドスケープCEOの山内明氏が登壇し、「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」をテーマに講演いただきます。

 4月5日(水)19時からの第2回のテーマは、「深刻化する米中半導体対立、日本企業へのインパクト」です。講師は英調査会社英オムディア(インフォーマインテリジェンス)でシニアコンサルティングディレクターを務める南川明氏です。

 各ウェビナーでは視聴者の皆様からの質問をお受けし、モデレーターも交えて議論を深めていきます。ぜひ、ご参加ください。

■開催日:3月14日(火)19:00~20:00(予定)
■テーマ:「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」
■講師:知財ランドスケープCEO 山内明氏
■モデレーター:日経ビジネス記者 薬文江

■第2回開催日:4月5日(水)19:00~20:00(予定)
■テーマ:「深刻化する米中半導体対立、日本企業へのインパクト」
■講師:英オムディア(インフォーマインテリジェンス)、シニアコンサルティングディレクター 南川明氏
■モデレーター:日経ビジネス上海支局長 佐伯真也

■会場:Zoomを使ったオンラインセミナー(原則ライブ配信)
■主催:日経ビジネス
■受講料:日経ビジネス電子版の有料会員のみ無料となります(いずれも事前登録制、先着順)。視聴希望でまだ有料会員でない方は、会員登録をした上で、参加をお申し込みください(月額2500円、初月無料)

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