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 自宅での隔離生活が4カ月を超え、朝から晩まで何をやるかのルーティンがほぼ固まってきた20年7月13日(米東部時間)のこと。

 平日午後6時半(同)からいつも見ているテレビのニュース番組「CBS Evening News(CBSイブニングニュース)」でアンカー(メインキャスター)を務めるノラ・オドネルさんが、この日の最後にこんなことを言った。

 「今晩、私は『The Late Show with Stephen Colbert(ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア)』に出演しますので、そこでお会いしましょう」

 「なんと!」

 レイト・ショーは、これまた平日は午後11時35分から見ているお気に入りのトーク番組だ。パンデミック前、収録をニューヨークでしているので観客として見に行ったことまである。コルベアさんがドナルド・トランプ米大統領のものまねをしながら痛烈に政治を斬るジョークが面白くて、再放送であればすぐにそれと気づくほどほとんどの回を見ている。

 この日の深夜、大好きな2人の共演(といってもいまだにこちらのテレビ番組はZoomなどで共演することが多い)に顔をほころばせながら番組を見ていると、突然、コルベアさんがオドネルさんに彼女自身が写った1枚の写真を見せた。「これは何をしているところ?」とコルベアさんがしらじらしく聞くと、「献血をしているところ」とオドネルさんが説明を始めた。

 「我々はジャーナリストだけれど、(新型コロナウイルスが猛威を振るう米国では)今はヘルスケアについても正しい情報を届ける義務がある。専門家でなくても専門家のように詳しくなければならないんです」

 「今、米国では新型コロナで輸血をする人が減り、手術などに使う血液が足りていない。その状況を届けなければと思い、先日、献血に行ってきました」

 「素晴らしい!」とコルベアさんが激励すると、「だって1人の献血で最大3人の命が救えるのよ!」とオドネルさん。

 「えっ、1人で3人もの命が救えるの? ならばやらねば! よし、献血に行ってみよう」

 というのも、4月中には1日の死者が700人を超えるほど新型コロナの感染爆発が起きたニューヨークも、現在は落ち着いている。同州の集計によると7月15日、検査を受けた7万2685人のうち陽性と判明したのは769人。1日当たりの死者はここ数週間は10~30人あたりを推移している。日本に比べれば多いが、全米各地で4月のニューヨークのような爆発に直面していることを考えれば、落ち着いているほうだ。また全米では今でも新型コロナでたくさんの命が失われており、病院が感染者でいっぱいのために手術を受けられず、命の危険にさらされている人たちも大勢いる。感染が落ち着いたニューヨークで、手術に必要な輸血のための献血をするにはうってつけのタイミングだ。

 というわけで、5月28日付「PCRのおまけ付き 感染爆発NYで抗体検査を受けてみた」と7月7日付「出口見えない米コロナ禍 NYで『心のケア』を受けてみた」に続き、今回は体験シリーズ第3弾として献血体験記をお届けする。

 が、そこには体験シリーズ始まって以来初となる「意外な落とし穴」が待ち受けていた──。

 決行したのはこの記事を書いている数時間前、7月16日の正午ごろ(米東部時間)だ。最も自宅に近い献血センターは、採取した血液を病院などに届ける団体としては全米最大規模の非営利団体「New York Blood Center(NYBC、ニューヨーク血液センター)」のものだった。専用サイトで簡単に予約できるようになっていたので、この日の午前11時45分に設定していた。

 午前にバタバタと取材のアポ取りなどの仕事を済ませ、昼食を取らずに早めに自宅を出た。現地までは徒歩10分ほど。地下鉄ポートオーソリティー駅構内の分かりづらい場所にあったため、早めに出て正解だった。

自宅近くの献血センターは、地下鉄のポートオーソリティー駅の構内にあった

 外観の写真を撮ってから入り口に向かうと、ガラス越しのセンター内からスクラブを着た黒人男性が出てきた。

 「予約は取っていますか?」

 入り口のドアを体でブロックしながらそう聞かれたので、「はい、11時45分に予約しています」と答えると、中に入る前に非接触体温計をおでこに向けられた。新型コロナ対策だ。どうやら結果はOKだったらしく、中に入れてもらえた。

 入ってすぐの受付で身分証明書(運転免許証)を渡すと、その男性が何やらパソコンで操作した後、バーコードが印刷されたレシートをくれた。サイトで予約をしたときに名前や住所、体重や身長などは記入していたからか、ここでは何も情報提供を求められなかった。

このバーコードで献血の登録者を管理しているようだ。写真奥が献血エリア

 次にパソコンの前に座らせられ、「読み取り機にバーコードを読ませたら画面に従って質問に答えてください」と指示されたので、その通りにした。

パソコン画面の指示に従って質問に答えていく

 これがまた長い。数十もの質問、例えば、「○○の病気にかかったことはありますか」「○年から○年までの間にこの国々に渡航して輸血を受けたことがありますか」などにひたすら答えていく。

 終わると、次は「これまでパソコンで答えてもらった内容を『人』がチェックするので待っていてください」と画面に表示された。「え? だったら最初から人でいいのに」と思ったが、言われた通りに近くの椅子に座って待つことにした。

 献血エリアをのぞき込むと、すでに4人が専用の椅子に座って献血をしていた。予約制なので混雑はなさそう。このとき、献血しているのはなぜか体格のいい男性しかいなかった。

「ゲイ」にまつわる謎の質問

 7~8分、待っただろうか。順番が来たので、パーティションに囲まれた小さな医務室のようなスペースに入り、受付をしてくれた男性の前に座った。名前と住所、体重を再度、確認される。

 次に「これを口にくわえて」とリトマス試験紙のようなものを渡された。「これ、何?」と聞くと、「体温計だ」と言う。ストリップ上に並ぶ小さなドットがいくつ変色するかで温度が分かるそうだ。

 後でアマゾン・ドット・コムのサイトで調べたら、確かに紙の体温計があった。例えば、「NexTemp」というもの。

 「すごいですねえ」としみじみ言ったら、その男性も「でしょう? 時代だよ、時代」と笑っていた。

 ストリップを口にくわえたまま、中指の先からわずかな血液を採取された。一連の作業をしている間、先ほどのパソコンの質問で気になっていたことを聞いてみた。「ゲイ(男性同性愛者)」に関する質問だ。

 「さっきのパソコンの質問の中に、ゲイに関する質問などがあって、そこに『2020年6月1日に内容が変更されました』と書いてあったけど、それはどうして?」

 その質問というのは、「過去3カ月間、ほかの男性と性行為を持った男性と性行為を持ちましたか?」というものだ。

 そういえば数日前、地元のニュース番組で「献血をしに行ったら断られた」と憤慨するゲイの男性が取り上げられていた。エイズウイルス(HIV)とゲイが関連付けられていた時代の「偏見」が、今も残っているとの指摘だった。確かにゲイだからといって献血ができないのはおかしい、と思った。

 これ以外の質問でも、いくつか同じように「変更」の注意書きが添えられていた。センターの男性は「ああ、それね」といった様子で答えた。

 「あれは最近、献血をしていい人の条件が緩和されたからなんです」

 「それは新型コロナと関係があるの?」

 「そう。新型コロナで献血してくれる人の数がものすごく減って、病院は輸血用の血が足りなくて困っているんです。ニューヨークでは数カ月前、新型コロナの感染拡大が深刻だった時期に中止していた手術を再開させたでしょう? 血液がまた必要になったのに、こうして献血してくれる人がまだまだ少ない」

 献血条件の緩和について後で調べると、20年4月、米食品医薬品局(FDA)が新型コロナを機にガイドラインを変更していたことが分かった。NYBCでの変更もこれに基づくものだろう。

 血液の逼迫はオドネルさんの言う通りだった。そんな特別な時期に、献血できる自分を少し誇らしく感じた。少なくとも、このときまでは……。