「ビットコインとかドージコインってどう思う?」

 ニューヨークで知り合った日系金融機関勤務の友人に、こんな唐突な質問をしたのは6月初旬のことだった。暗号資産(仮想通貨)に関する特集を日経ビジネスで組むことが決まり、米国で熱を帯びる現状を読者に届けたいと考えていたのだが、どこから手を付けていいか分からなかったからだ。今振り返れば、唐突かつ、あまりに漠然とした質問だった。

 ところがこの友人に聞いたのは大正解。彼は嫌な顔一つせず、通常の通貨との違いや仮想通貨の限界などを簡単に説明してくれた後、こう打ち明けてくれた。

 「正直に言うと、僕も仮想通貨がどんなものなのか分からない。だからいつか買ってみようと思っているよ」

 「確かに! 何事も体験しないと分からないよね!」

 テンションが急上昇しかけたが、ちょっと待てよ、とはやる気持ちを抑えた。

 マスコミ業界をご存じの方なら察しがつくと思うが、記者は公開前の情報を入手することもあるため、インサイダー取引に関する独自の規制がある。筆者も大学を卒業してからずっと記者職なので、株式はもちろんその他債券などを買ったことがなかった。

 「あ、でも記者は買えないんだった……」

 この時は友人にそう伝えて会話を終えたが、買ってみたいとの思いはその後も消えなかった。

 2021年に入ってからの仮想通貨は、米国にいればさほど興味がなくとも実感できるほどのお祭り騒ぎだった。

 イーロン・マスク氏の度重なるツイートがきっかけで、価格はみるみる高騰(関連記事)。09年に最初の仮想通貨として誕生した「ビットコイン」だけでなく、その「パロディー」として13年に生まれた、シバイヌがロゴの「ドージコイン」までもが約半年で100倍となる値上がりをしていた。

 「新型コロナウイルスの大流行で米国政府が補助金や給付金を国民にばらまき、そこから生まれたカネ余りの状況が豊富な資金を仮想通貨にも流れ込ませた──」

 よく見るこんな解説も、ロジックとしては理解できたが、本当にそれだけなのだろうか……。地元の記事を読みあさっても、なぜこれほど米国で盛り上がるのか、その理由がいまひとつ見えなかった。ああ、実際に購入できたなら……。

 「よし、とりあえず上司に相談してみよう!」

 こう決意したところから、今回の体験シリーズ「ドージコイン編」は始まる。

 結論から言うと、体験を通して筆者の仮想通貨に対するイメージは一変した。また筆者は「仮想通貨ド素人」のため、理解するために基礎から調べ、その内容も盛り込んだ。仮想通貨に詳しい人にとっては釈迦に説法となるが、最後までお読みいただき、仮想通貨をより深く知る一助となればうれしく思う。

 「『ドージコインを買ってみた』という体験記事を書きたいのですが……」

 友人とのやり取りの直後、特集を担当するデスク(記者が書いた記事を査読する副編集長)にこれまた唐突に、こんなメッセージを送った。

ドージコインのロゴはシバイヌ(写真=ロイター/アフロ)
ドージコインのロゴはシバイヌ(写真=ロイター/アフロ)

 ドージコインはその時、米仮想通貨交換大手のコインベース・グローバルが取り扱いを始めると発表したばかりで、米国内で大きな注目を集めていた。コインベースのアプリを使うと、スマホで簡単にドルなどから交換できるため、購入者が一気に拡大すると予想できた。ジョークから始まった“ワンちゃんコイン”が、まさかの王道へ躍り出ようとしていたのだ。

 最大の懸念はすでに触れた通り、価格が暴騰中の仮想通貨を、記者が購入していいかどうかという点だった。

 金もうけも魅力的ではあるが(笑)、目的はあくまで記事を書くこと。下心をぐっと抑え、デスクに「(購入期間を短期間にして)記事執筆前にすべて手放せば可能ではないか」と提案した。

 「ぜひ読みたい」。そう賛同してくれたデスクは、時差が真逆の筆者に代わり、社内の関係しそうな複数部署に問い合わせてくれた。そうするうちに、どうやら「さらに上の上司の許可が必要だ」という話になったらしい。デスクからその上司にメールするよう打診された。そこまでの大ごとになると想定していなかったため一瞬、面食らった。でも、ここまで来たらやり遂げたい。

 この時のニューヨークは日曜日の深夜。翌朝まで待っても良かったが、高ぶる気持ちを抑えきれず、ひとまずパソコンに向かった。

発行者は国家ではなく「みんな」

 さて、どう口説こうか。漠然と「書きたいです」ではダメだ。会社の許可を取ってまで、なぜ購入する必要があるのか。そこを説得力を持って伝えなければならない。事前に調べていた情報だけでは足りず、不明な点を補足で調べながら数時間をかけてメールを書いた。

 最も時間をかけて調べたのが、仮想通貨がインサイダー取引の対象になるかどうかだ。

 その前にまず、特集本編と重複にはなるが、ざっくりと仮想通貨の仕組みをおさらいしておきたい。

 仮想通貨はデジタル上にのみ存在する通貨(コインと呼ぶが実物はない)で、取引のたびに「AさんからBさんに1ビットコインが支払われました」といった内容を、ネットワーク上に散在するたくさんのコンピューターで承認(計算処理)する必要がある。取引を確実かつ安全に(ハッカーによる盗難は時折あるが)実施するためだ。これを「マイニング(採掘)」と呼ぶ。

 5月中旬にテスラCEO(最高経営責任者)のイーロン・マスク氏が、いったんは採用したビットコインでの車両販売決済を一時中止した。これは、このマイニングに大量の電力を使うから。CO2(二酸化炭素)削減が売りのEV(電気自動車)の決済に使う通貨が大量に電力を消費するのでは格好が付かない。

 ネットワーク上の個人(会社の場合もある)がマイニングをすると、その報酬として新たに発行されたコインが支払われる。ここがポイントだ。仮想通貨は、取引されればされるほどマイニングが増え、流通するコインも増えていく。供給量が増えるので、当然ながら需給のバランスで成り立つ価格にも影響する。

 また法定通貨の発行者が国家なら、仮想通貨の発行者は「みんな(誰でも)」だ。これが中央集権型社会を嫌う「ネットの民」から絶大な人気を誇ってきた理由の一つでもある。発行者がみんななので、インサイダー取引規制の対象にもなりにくい。

 例えば、企業が発行する株式なら、規制対象となる「株式の取引判断に著しい影響を及ぼす未公表の重要事実」には、まだ公表されていない企業の財務状況や発表前の新製品情報などが該当すると容易に想像できる。

 ところが仮想通貨は、そもそも誰が発行しているかが不明瞭なので、どんな情報が影響を及ぼすかが特定しづらい。影響を与えるものとして考え得るのは、マスク氏のツイートくらいか。いずれにしても現時点ではインサイダー取引の対象からは外れているようだった。

 それでも安全を期すため、対象だった場合を想定して適切な対策を打っておくべきだ。そこで記事を執筆する前にすべての仮想通貨を手放すことはもちろん、購入額も最小限にとどめることなどをメールに記した。

 次になぜドージコインなのか。普通なら、王道中の王道であるビットコインを選ぶところ、筆者はドージコインにこだわった。そこにはいくつかの理由があった。

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