ノースカロライナ州からニューヨークの医療現場を支援するために駆けつけた看護師のアラン・グリザードさん
ノースカロライナ州からニューヨークの医療現場を支援するために駆けつけた看護師のアラン・グリザードさん

 「『あのとき』も異常な状況だったけれど、今回も信じがたい異常さでした。同じ異常でも、今回ほどの絶望感にさいなまれたことはありません」

 ノースカロライナ州で看護師として働くアラン・グリザードさん(43歳)もまた、新型コロナウイルス感染爆発まっただ中のニューヨークに応援にやってきた医療従事者の一人だ。政府が緊急時に提供する制度を利用した短期派遣で、2020年4月初~中旬をニューヨークで過ごした。

 看護師資格を取得する前は、救急救命士として働いていた。01年9月11日に発生した同時多発テロ事件のときも、ニューヨークに駆けつけて地元の消防士を支援した。

 「あのときは、建物の中に何人いて、どのくらいの被害が出ていて、これから何が起こりそうかの予測が少しはつけられました。でも、COVID-19(新型コロナ感染症)では、一体どのくらいの人がやってきて、どんな処置をすればいいのかという前提がありません。医療の現場は能動的に動くのが理想ですが、受け身でしか動けない。最悪の状況でした」

 前回の「『殺さないで!』が最期の言葉 応援看護師が見たNYの惨状(上)」に続き、今回も州外から応援にやってきた看護師が見たニューヨークの医療崩壊の現実を取り上げる。

 救急救命士と看護師という2つの立場から、常に生と死を見つめ続けてきたグリザードさん。彼の言葉は、働くことと生きることの意味と、人々に働く場を提供する企業の経営者が大事にすべきことを教えてくれる。

グリザードさんがニューヨーク滞在中に見たエンパイアステートビルは、しっかりと「鼓動」し続けていた

なぜニューヨークに行こうと思ったのですか。

アラン・グリザードさん(以下、グリザードさん):看護師としてそうすることが当たり前だと思ったからです。決断に迷いはありませんでした。行かなければ! ただそれだけでした。

 米連邦緊急事態管理局(FEMA)が資金を提供し、緊急時に医療従事者の有志を被災地に送る制度があるので、それに応募しました。通常は、竜巻やハリケーンなどで大きな被害が出たときに活用されるものです。

 今回は、新型コロナのパンデミックにより崩壊状態にあったニューヨークの医療現場を支援するのがミッションでした。4000人以上の医療従事者が、この仕組みを通じてニューヨークの病院に送り込まれたと聞いています。

 私が割り当てられたのは、ニューヨーク市ブロンクス地区のとある病院でした。

外に飛び出して5秒間だけ息をする

ブロンクスの病院ではどんな働き方をしていたのですか。

グリザードさん:朝の5時40分に宿泊先のホテルからバスに乗り、病院に移動します。6時半に職場に入り、仕事を始めます。シフトが終わるのは夜の7時半。ホテルに戻れるのは8時半くらいでした。そこからシャワーを浴びて、食事をして、就寝する。これをただひたすら繰り返します。

ご自身もいつ感染するか分からない状況でした。怖くなかったのですか。

グリザードさん:多少は怖かった。PPE(感染から身を守るための防護具)を装着してはいても、いつ感染してもおかしくないことは認識していました。

 というのも、病院のER(救急救命室)には60床のベッドがあったのですが、そこに150人の患者さんがひしめいていました。その90~100%がCOVID-19の患者さん、または検査こそしていないけれど限りなくCOVID-19の可能性が高い患者さんでしたから、コンセントにフォークを突っ込んでいる状態がずっと続いているようなものです。危険性は十分に認識していました。

 何時間もそんな状況の中で働いているので、時々、息苦しくなって外に飛び出すことがありました。そこで、5秒間だけ、PPEを外して息をする。そして、またPPEを着け直して現場に戻るのです。たった数分のことだけれど、私にはそれが必要でした。

PPEを装着して新型コロナと闘う
PPEを装着して新型コロナと闘う

どんなときに最も怖いと感じましたか。

グリザードさん:最も……そうですね。滞在最終日の2日前だと思います。滞在期間の終盤に差し掛かり、入院してくる患者さんの数が徐々に減って、病院内の空気が少し良くなってきたかな、と思った頃でした。私の勤務時間中だけで、9人もの方が亡くなられたのです。しかも、その全員が45歳以下でした。

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この記事はシリーズ「池松由香のニューヨーク発直行便」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。