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 新型コロナウイルスの感染拡大により供給不足が懸念されている人工呼吸器。安倍晋三首相は2020年4月15日、経団連の中西宏明会長らに人工呼吸器など医療装備品・機器の増産を要請した。厚生労働省は人工呼吸器製造にまつわる規制を緩和することで異業種の参入を促す構えだ。

 企業もこれに応えようと動き始めた。日本光電は人工呼吸器の増産に踏み切り、スズキやソニーも人工呼吸器の生産増への協力を名乗り出た。

 だが、感染爆発を体験したニューヨークで起きた人工呼吸器を巡る一連の騒動を振り返ると、増産を急ぐ前に考慮すべき注意点がいくつかあることに気づく。3月24日に人工呼吸器の製造着手を公表した米フォード・モーターが、公表直後に取材に応じた。同社の実例を用いながら注意点を見ていく。

 「人工呼吸器が圧倒的に足りない。ピーク時にはニューヨークだけで週に1万8000台は必要になるだろう」

 こんな記事がニューヨーク・タイムズに掲載されたのは3月17日のことだ。今からちょうど1カ月前になる。

 必要台数の数字は、2015年に州政府がパンデミックが起きた時のことを想定して算出したものだ。「1918年に大流行したスペイン風邪と同等レベルのパンデミックが起きた場合」との前提で予想した。新型コロナの感染拡大が起きた時、使用中のものを除いたニューヨーク州内にある人工呼吸器の数は2000台だったため、1万6000台が不足するとみられた。

 3月末頃、この必要台数は3万台に跳ね上がる。のちに同州のアンドリュー・クオモ知事は、米疾病対策センター(CDC)やコンサルティング会社など複数の専門家の予測をベースに「最悪時」を想定して出した数字だったと話している。

 ところが実際に必要だった台数は、具体的な数字は明らかにされていないものの、州全体で1万台以下だったとみられる。

 4月8日、ニューヨーク市のビル・デブラシオ市長は市内の病院だけで5500台の人工呼吸器を確保していることを明かした上で、「今週はこれで乗り切れる」と話した。1日当たり200~300台の人工呼吸器が新たに必要になると見込んでいたところ、100台で済んだという。

 人工呼吸器のニーズがニューヨークで最高に達したのが、同市長がこの発言をした4月の第2週だ。州全体で新型コロナ感染症による新規の入院患者数が減少に転じ、クオモ知事も4月16日の会見で、同州が保有する人工呼吸器100台を隣接するニュージャージー州に送ると話した。ニューヨークでは不要と判断したためだ。

 「予測と実数のズレ」。これが増産に踏み切る前に注意しなければならない第1の点だ。もちろん、日米で予測の確度に差はあるだろうが、先例に学ぶ価値はある。

 第2の注意点は、「ニーズと生産のタイミングのズレ」だ。ニューヨークで人工呼吸器の台数が足らないと叫ばれていた3月下旬、全米を巻き込んで大きな話題となっていたのが、ドナルド・トランプ米大統領による「国防生産法」の発動だった。米自動車大手がやり玉に挙げられたのもこの議論の中でのことだ。