「マラソンを走った感覚だ」
書類係に書類をすべて渡すと、椅子に座るように促された。「え? もう?」と少しビビる筆者。
注射係はメキシコ系らしき中年の男性だった。
注射係:「アレルギーはありますか?」
筆者:「ありません」
注射係:「接種後に打った場所が赤くなったり腫れたりしたら、氷などで冷やしてください。頭痛などのサイドエフェクトが出たら、タイレノールを飲んでください。数日後に治まるはずです。耐えられないほどの症状が出たら病院に連絡してください……」
ふむふむと説明を聞いていた筆者だが、どうしても確認しておきたいことが1つだけあったので聞いてみた。
筆者:「今日、お風呂に入っても大丈夫ですか?」
注射係:「え?」
筆者:「(今度はゆっくりと)バスタブに、つかっても、いいですか?」
注射係:「(なんだ、といった表情で)もちろんいいよ」
この接種日の前週は特集の原稿執筆のため非常に忙しい日々を送っていた。睡眠時間も少なくなっていて、お風呂もシャワーで済ませていたので「湯船につかりたい!」とずっと思っていたのだ。入っていいと聞いて安心した。
よし、もう接種の準備は整った。友人から「肩の上の方に注射を打たれると、その後に腕が上がりづらくなるよ」と聞いていたので、当日、わざと肩が全開になるほどには袖をまくれないような薄手のニットを着ていった。
注射係の人に「袖をここで押さえておいてくれる?」と言われたので、ほどよい位置に調整して待ち受けたところ、計算通り、肩の少し下あたりに打ってくれた。
筆者は注射の痛みに強い方ではあるが、噂に聞いていたよりずっと痛くないと感じた。数カ月前にインフルエンザのワクチンも近くのドラッグストアで接種していたが、それと変わらなかった。
終わると、その横に設置された「待機所」に誘導された。ソーシャルディスタンスが保たれた間隔で設置された椅子に接種が終わった人から順に座っていく。ここで小さなボトルの水も配られた。

椅子に座ると、少しホッとして水をグビグビ飲んだ。なんだかんだで緊張していたようだ。
「はあ、思ったより痛くなくてよかった~」
筆者自身は何もしていないのに、なぜか大きな達成感に包まれた。だが安心するのはまだ早い。15分間、急激なアレルギー症状であるアナフィラキシーが生じないかを観察する必要がある。
「人生で最も長い15分間」。接種を終えた人からそんな話を聞いたことがあったが、筆者は全くそうは思わなかった。筆者とほぼ同時に会場入りし、隣に座っていた40代夫妻の会話が耳に入ってきて、いわば「耳がダンボ」状態だったからだ。
夫:「あ~、死ぬかと思った。あ~、怖かった」
妻:「本当にもう……ダメね」
夫:「もう水を飲み切っちゃったよ。もう1本ほしいな」
(近くにいた軍人が、ボトルをもう1本手渡す)
夫:「汗が止まらないよ。マラソンを1本走った感覚だ」
今度は男性の真後ろに座っている女性までもが会話に入ってきた。
女性:「あ~、これでやっと空気が吸える気分だわ」
夫:「あなたも昨年の今ごろはニューヨークにいたんですか?」
女性:「ええ、だからコロナの本当の怖さは身をもって知っている。これで空気を吸っても大丈夫な気がする」
妻:「本当に怖かったわね、昨年は」
女性:「ええ、だから本当にうれしいの!」
ほほ笑ましい会話ではあったのだが、筆者はなぜ男性がマラソンを走ったかのような感覚に陥っているかが分からず、心配していた。「そんなに汗をかくなんて、アナフィラキシーの可能性があるのでは?」と。
15分間が終わったタイミングで、夫妻に声をかけた。日本から来ている記者であることを明かして、話を聞いた。
「J&Jは既存の技術を使っている」という安心感
筆者:「なぜ今回、ワクチンを接種しようと思ったのですか?」
妻:「職業柄、前々から受けたいと思っていたんです」
筆者:「職業とは?」
妻:「ウエディングプランナー。接客業だから感染が心配だし、私がワクチンを接種していればお客様も安心だと思って」
筆者:「J&J製を選んだのはどうしてですか?」
妻:「1回で済むし、インフルエンザなどと同じ、すでに実績のある技術でつくられているので安心だと思ったんです。私の両親もJ&Jを受けていて、『受けるならJ&Jにしなさい』と強く薦められました」
筆者:「(男性の方に向かって)マラソンを走ったくらいの汗が出たと言っていたけど……」
夫:「僕は小さなころから注射が大嫌いなんだ! 細くてとがった物が大嫌いで、だから今日も妻にずっと付き添っていてもらったんだ」
筆者:「(ちょっと引き気味に)え? (今度は女性に向かって)そばで見ていてあげたんですか?」
妻:「そうなの」
夫:「子どものころから大嫌いで、でも母親はいつもこう言っていた。『そんなに針が嫌いなら、あなたがドラッグ中毒になることはないから助かるわ』と(笑)」
とりあえずアナフィラキシーではないらしいので安心した。すると今度は女性に質問をされた。
妻:「あなたも昨年の今の時期にニューヨークにいたの?」
筆者:「はい、だからコロナの怖さは分かっています。本当に怖かったですよね」
妻:「ええ、だからワクチンで早く拡大が収まるといいですね」
筆者:「はい、本当に。お時間をありがとうございました」
妻:「原稿、頑張ってね」

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