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 新型コロナウイルスの脅威が欧米に広がっている。日本は全国の小中学校や高校などが休校に踏み切る一方、米国は感染者の多い地域などに限定して休校している。ただ米国では3月の第2週に入ってから感染者が急増。ニューヨーク州は10日に感染者の増加が著しいニューロシェル地域の封鎖に踏み切ったほか、ニューヨーク国際自動車ショーなど大規模イベントも続々延期や中止になっている。11日にはドナルド・トランプ大統領がテレビ演説で「学校の休校や大規模集会を中止する場合のガイドラインを発行した」と国民に予告した。

 こうした未曽有の危機に直面したとき、政府や国民はどう行動すべきなのか。世界の健康に人々の行動がどう影響するかを経済的な観点から分析する「グローバルヘルス・エコノミー(国際保健経済学)」の第一人者、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のディーン・ジェイミソン名誉教授に聞いた。

米国でも新型コロナウイルスの感染が拡大しています。米政府の対応をどう見ていますか。

ディーン・ジェイミソン(Dean Jamison)氏 国際保健経済学の第一人者。カリフォルニア大学サンフランシスコ校とワシントン大学で名誉教授を務める。1967年にスタンフォード大学で修士、70年にハーバード大学で博士号を取得。世界銀行で「世界開発報告」、世界保健機関(WHO)で「世界保健報告」の作成を担当したほか、88年からカリフォルニア大学ロサンゼルス校の教授を務めるなど公衆衛生と経済学の教育に従事してきた。1943年生まれ。

カリフォルニア大学サンフランシスコ校のディーン・ジェイミソン名誉教授(以下、ジェイミソン氏):素晴らしい対応をしているという印象は持っていません。むしろ機能していないように見える。米国では連邦政府と州政府の連携が欠かせませんが、ドナルド・トランプ大統領はそのまとめ役をマイケル・ペンス副大統領に任せました。ペンス氏が感染症対応のプロではないことは明らかです。

 もちろん、政権の新型コロナウイルス対策チームの中には優秀な科学者たちがいます。米国立衛生研究所(NIH)の一部門である米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長や、米疾病対策センター(CDC)のロバート・レッドフィールド所長などです。ファウチ所長は感染症のプロであり、政界にも精通していますが、現時点ではトランプ政権に「黙らせられている」ように見えます。レッドフィールド所長も非常に有能な科学者ですが、トランプ政権下ではうまく機能していないようです。

米国内では新型コロナウイルスの検査キットが十分に配布されていないとの指摘があります。感染を早く収束させるために必要なことは何でしょうか。

(注:インタビュー後の3月6日に政権が会見を開き、直後の週末までに110万個、翌週までにさらに100万個の検査キットを用意すると発表した)

ジェイミソン氏:早く収束させるためには、既に顕著な症状が出ている人の診断と治療に多くの時間と労力を費やす必要があります。効果的にこれを実現するには、具合が悪くなった人が病院にどんどんやってくるような状況を生み出すことが肝要です。

人々が安心して病院に行ける仕組みを作る

 ここで威力を発揮するのが経済的インセンティブです。

 仮に新型コロナウイルスに感染している人がいるとして、具合が悪くなって救急車で病院に運ばれたとしましょう。検査を受けて陽性と判明し、そのまま入院したのはいいけれど、(米国は保険制度が充実していないため)同時に週3000ドルの請求書も受け取った──。

 これでは「具合が悪いけれど病院に行ったら多額の治療費を請求されるから行くのはよそう」となってしまいます。入院しないまでも、(14日間の隔離などで)会社を休んだら給料がもらえなかったり解雇されたりするかもしれません。そもそも3000ドルが手元にない人もいるでしょう。

 こうして人々が病院に行かなくなると、その人自身の病状が悪化するのはもちろんですが、ウイルスがどんどん拡散し、社会全体の健康も悪化させてしまいます。

 だから、連邦政府が「新型ウイルスの検査や治療は無料」といった経済的インセンティブを打ち出し、メディアもこの事実を大きく報道することによって、人々が具合が悪くなったらすぐに病院に行き、検査を受けられる環境を整える必要があるのです。

(注:政権は10日に主要健康保険会社と緊急会議を開き、新型コロナウイルスの検査に対して料金を患者に請求しない方向で合意した)