2022年3月3日付の記事「モデルナのワクチン『流行前にほぼ完成』 驚速開発支える逆算の発明術」では、米モデルナがなぜ新型コロナウイルスのワクチン開発を約1カ月半で終えることができたのか、またそのスピード開発を支えた「革新の方程式」について取り上げた。本稿では、この革新の方程式を生み出した米モデルナ共同創業者で、企業創出を手掛ける米フラッグシップ・パイオニアリングのCEO(最高経営責任者)でもあるヌーバー・アフェヤン氏に、方程式が生まれた背景について聞いた。

 モデルナ共同創業者のヌーバー・アフェヤン氏は異例の経歴を持つ。父方の祖父が1915年のアルメニア人大量殺害を逃れて出国後、家族は各地を転々。自身はレバノンで生まれた。75年にカナダに亡命し、現在は米国市民権も持つ。なぜ生命領域で革新を起こし続けるのか。

モデルナ共同創業者のヌーバー・アフェヤン氏(写真:ロイター/アフロ)
モデルナ共同創業者のヌーバー・アフェヤン氏(写真:ロイター/アフロ)

生命科学の分野に進んだのは幼少時代の影響ですか。

アフェヤン氏:心理学者ではないので何とも言えませんが、がれきの山は今でも記憶に残っています。ただ考えてみると、私が(企業創出を手掛ける)フラッグシップ・パイオニアリングでよく使っている言葉は、「生存」に関連するものが多いように感じます。

起業家を目指したきっかけが、米ヒューレット・パッカード(HP、現ヒューレット・パッカード・エンタープライズ)の共同創業者であるデービッド・パッカード氏との出会いでした。

アフェヤン氏:博士課程在籍中にワシントンで会議に出席したときのこと。昼食の席に、先に一人の年配男性が座っていました。「何をして生計を立てているのですか?」と聞くと、「パートナーと会社を起こした。エンジニアが使う機械をつくる新しいタイプのエンジニアだ」と言いました。それがパッカード氏でした。

 彼はもちろん著名な人物でしたし、落ち着いていて話に信ぴょう性があり、当然ですが実績もありました。私はすっかり彼に魅了され、起業を真剣に考えるようになりました。そして博士課程を終えた後、エンジニアの立場でエンジニアが使用する機械をつくったパッカード氏にならって、私も研究者の立場で研究者が使用する機械をつくる会社を立ち上げたのです。

 もし私がパッカード氏と出会っていなかったら、今の私はいないでしょう。私は22歳で、当時のそのくらいの年齢の学生は「起業」など頭にないのが普通でした。今でこそ博士課程や修士課程の学生だけでなく、学部生も起業を考える時代になりましたが、当時としては珍しかったと思います。

複数の企業を同時に起こす「パラレル起業」

でもその後、フラッグシップの前身となるベンチャーキャピタル(VC)を1999年に立ち上げて、複数企業を同時に起こす「パラレル起業」を手掛けるようになりました。パッカード氏とは違う道を歩み始めたのはなぜですか?

アフェヤン氏:私がパッカード氏と出会ってからパラレルに至るまでに十数年の隔たりがあります。ですから、すぐに現在の手法に到達したわけではありません。

 フラッグシップを立ち上げた当時は、1人の起業家が連続して会社を起こす「シリアル起業」がもてはやされていました。でも、私の目にはどうも非効率に見えたのです。シリアルでは、起業家が1つの会社を立ち上げ、成功したらまた別の会社を最初から立ち上げます。でも、成功する会社を立ち上げる工程の大部分は共通しています。同じことをまたやるのは効率が悪い、ならば複数の起業を同時にやれば効率的に多くの事業を立ち上げられる、と考えたのです。

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