何の果実も手にしていないプーチン大統領

 プーチン大統領にとって現在の状況は、彼の要望を西側に通す、まれに見る好機に映っていることだろう。アフガニスタン情勢でも明らかになったように、現在の米国は何よりも対中国に力を注いでいる。バイデン氏がウクライナ情勢をそれほど強力かつ真剣に対処しないだろうとプーチン大統領が信じるに足る十分な理由がある。

 メルケル前首相のいないドイツは3党で対ロシアの意見が割れているし、フランスのマクロン大統領には自身の選挙が近づいている。これに加え、冬に向かってエネルギー価格が高騰し、欧州各国の(ロシアが供給する)ガスへの依存が強まっていることもある。こうしたすべてのことが、プーチン大統領をウクライナ侵攻へと向かわせる要素となっている。

 ところが現時点でプーチン大統領は、欲しい物を何も得られていない。代わる代わる各国の首脳などが彼の元を訪れているだけだ。ウクライナ政府はNATOへの加盟について強硬な姿勢を貫いているし、NATO加盟国もロシアとの対立を前に結束している。

 数カ月前に比べて、プーチン大統領は少しもハッピーになっていないのだ。その結果、侵攻への姿勢をエスカレートさせている。

 ウクライナ政府支配下の地域で親ロシア派との緊張が高まっている。17日には幼稚園に親ロシア派の砲弾が直撃する事件が起きた。子どもにはけががなかったようだが、もし子どもが死亡していたら、ウクライナ政府としても軍事的な対応をせざるを得ない状況になっていただろう。

 ロシアは、ウクライナを刺激することで軍事的な侵攻を正当化しようとしていることは明らかだ。こうした一連の動きからロシアが我々に送っているメッセージは、「ロシアは軍事的侵攻の用意がある」ということだ。

 ではウクライナ政府がロシアの挑発に乗らなかったら、ロシアは挑発をやめるのか。私はそれでもロシアは挑発を続けるとみている。この数日間、顕著になっているサイバーアタックをさらに仕掛けてくるだろう。

侵攻は起こりにくいと思うワケ

 一方で、ロシアがウクライナを完全に侵攻することは起きにくいと私はみている。プーチン大統領にその選択肢はあるものの、まだその決断をしていないとホワイトハウスも現時点ではみているようだ。

 侵攻すればたくさんの死者が出るし、ロシア国民もそれを嫌う。だからこそロシアは、西側にたくさんの「ミスをする機会」を与えているが、西側は今のところミスを犯していない。

 ロシアは一気に侵攻はせず、サイバー攻撃と組み合わせて段階的な侵攻を模索するだろう。

 また私が興味深く注視するのは、中国の習国家主席がロシアの軍事的侵攻に反対していることだ。ロシアの欧州における安全保障に敬意を表しながらも、ウクライナの領土を認める立場を取る。

 こうした状況から、ロシアの軍事的侵攻は、少なくとも短期的には限定的にとどまるだろうと私はみている。

 ただ限定的な侵攻でも、もっと危険な状況に陥る可能性はある。近いうちに外交での解決に至らなければ、互いに「制裁」を強化することになるからだ。

 西側は、独ロを結ぶ新たなガスパイプライン計画「ノルドストリーム2」を稼働させず、ロシアへの資金の流れを止めるなど、あらゆる経済的・技術的制裁を加えることになる。それに対してロシアも、21年に起きたように、米国の主要インフラをサイバー攻撃で停止させるといった手段をエスカレートさせる。そうなれば非常に危険だ。

 こうした状況を避けるためにも、ロシアのどんなに小さな武力的侵攻も食い止めなければならない。

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