ニューヨーク市に今、南米から大勢の移民が押し寄せ市内で話題になっている。バイデン政権は国境警備強化や不法移民送還の強い姿勢を貫くとしながらも、月3万人を受け入れる方針を示した。背景にあるのが製造業を中心に米国で深刻化する「人手不足」の問題だ。移民の受け入れだけで問題は解決するのか。その実情を2回にわたってお届けする。
新型コロナウイルスの流行が一段落し、観光客が戻ってきたニューヨーク市に今、新たな問題が浮上している。ベネズエラやニカラグア、ハイチなどからの移民が大勢、押し寄せ、市の財政を圧迫しているのだ。その数、4万人以上。住む場所や飲食の提供といった人道的支援に市は、総額10億ドル(約1300億円)を要すると試算している。
発端は2022年春。テキサスやアリゾナといった国境際の州や市の政府が、ニューヨーク市やワシントンなどに大型バスで大勢の移民を送り込んでくるようになったことだ。21年のバイデン政権発足で国境を越えてくる移民の数が激増したため、手に負えなくなった一部の州が強硬手段に出た。

「限界点に達した」──。ニューヨーク市のエリック・アダムズ市長は23年1月上旬、こう悲鳴を上げた。22年10月に市の非常事態を宣言し、マンハッタン中心部にある複数の大型ホテルと契約を結び移民専用のシェルター施設に転用した。市がホテルに支払う費用は部屋の大きさにもよるが、1部屋で1日当たり500ドル程度と見られている。
タイムズスクエアの目と鼻の先にある四つ星ホテルのロウNYCも、市との契約でシェルターとなったホテルの一つだ。移民たちが到着するポートオーソリティー・バス・ターミナルからも数ブロックの近さで、コロナ流行前は近代的なデザインの内装と、手軽に市内の人気店メニューが楽しめるフードコートが観光客に人気だった。

ところが今は、移民の入居者かホテルのワーカーでなければ中に入れない。筆者が1月下旬に訪れると、入居する移民たちがホテルの外にもあふれ、缶ビール片手に集う若者グループの姿まで見られた。路上での飲酒が禁じられている同市では異様な光景だ。シェルター内での飲酒も禁じられているが、清掃員によると部屋で飲酒している人も多いという。
食品ロスも問題になっている。市が提供するサンドイッチやベーグルなどが南米からの移民の口には合わず、火気厳禁の室内でガスコンロを使って調理する人が後を絶たないという。地元メディアがホテルの外に大量に廃棄されたサンドイッチの山を報道したため、移民には慣れているはずのニューヨーカーたちも徐々に不快に感じ始めた。
移民たちが望むのは「食べ物」より「仕事」
素行に問題のある人は一部いる一方で、基本的に移民のほとんどは命からがら祖国を離れ、家族を養うことだけを考えて米国にやってきた人たちだ。
「妻と2人の子どもを連れ、野生動物のいるジャングルをひたすら歩いてベネズエラから来た。ニューヨークに到着したのは1カ月前だ」
こう話すのは、ホテルの外で別の4人家族と身を寄せ合っていたミセルさんだ。この日は日曜日だったため、子どもたちを飽きさせないように近くの公園に連れていくという。スペイン語と英語をスマートフォンアプリで翻訳しながらのたどたどしい会話。その間、子どもたちは目を丸くしてスマホを見上げていた。

「なぜここに来たのですか」と聞くと、「家族を養うために仕事を探しにきた。本国の政府は僕たちを助けてはくれない」と返ってきた。生活必需品を与えられるホテルでの暮らしに「感謝している」とミセルさん。建築現場の清掃の仕事を始めたものの、「週に4日しか働かせてもらえない」と話す。
「妻も仕事を探している。もっと働きたい。良い仕事があったら教えてほしい」と訴えるが、2人とも英語が話せないうえ、2人の子供のうち1人は乳飲み子だ。妻のベレンさんはマンハッタンのど真ん中でも臆せず乳房をあらわに授乳する。「米国になじめるだろうか」と少し心配になった。
一方で、筆者は移民に対する市の寛容さに驚いていた。ニューヨーク市に来てからまだ1カ月でパスポートもないのに、仕事にありつけていること自体が信じられなかった。
「ワールド・サンクチュアリ(世界の聖地)」。こんな異名を持つ同市には、「請われればすべての人に安全に眠る場所を与えなければならない」と定めた法律がある。寝る場所がないと言われれば誰にでも市税をはたいてシェルターを用意する。こんな法律で移民を守る都市は全米でも同市以外にないという。
だがその結果、すでに新型コロナウイルスの流行で脆弱になった市の財政は火の車。アダムズ市長は1月13日、「本来なら連邦政府が請け負わなければならない負担をニューヨーク市が負担している」と批判し、連邦政府とニューヨーク州政府に資金援助を求めている。
ここまでして米国が移民を受け入れるのはなぜなのか。そのヒントは製造現場にあった。
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3/14、4/5ウェビナー開催 「中国、技術覇権の行方」(全2回シリーズ)

米中対立が深刻化する一方で、中国は先端技術の獲得にあくなき執念を燃やしています。日経ビジネスLIVEでは中国のEVと半導体の動向を深掘りするため、2人の専門家を講師に招いたウェビナーシリーズ「中国、技術覇権の行方」(全2回)を開催します。
3月14日(火)19時からの第1回のテーマは、「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」です。知財ランドスケープCEOの山内明氏が登壇し、「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」をテーマに講演いただきます。
4月5日(水)19時からの第2回のテーマは、「深刻化する米中半導体対立、日本企業へのインパクト」です。講師は英調査会社英オムディア(インフォーマインテリジェンス)でシニアコンサルティングディレクターを務める南川明氏です。
各ウェビナーでは視聴者の皆様からの質問をお受けし、モデレーターも交えて議論を深めていきます。ぜひ、ご参加ください。
■開催日:3月14日(火)19:00~20:00(予定)
■テーマ:「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」
■講師:知財ランドスケープCEO 山内明氏
■モデレーター:日経ビジネス記者 薬文江
■第2回開催日:4月5日(水)19:00~20:00(予定)
■テーマ:「深刻化する米中半導体対立、日本企業へのインパクト」
■講師:英オムディア(インフォーマインテリジェンス)、シニアコンサルティングディレクター 南川明氏
■モデレーター:日経ビジネス上海支局長 佐伯真也
■会場:Zoomを使ったオンラインセミナー(原則ライブ配信)
■主催:日経ビジネス
■受講料:日経ビジネス電子版の有料会員のみ無料となります(いずれも事前登録制、先着順)。視聴希望でまだ有料会員でない方は、会員登録をした上で、参加をお申し込みください(月額2500円、初月無料)
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