2023年1月5~8日までラスベガスで開催された世界最大の技術見本市「CES」。ニューヨーク駐在の筆者もラスベガスへ行き(よく聞かれるので触れておくと、これまでの出張で賭け事をしたことはない)、3日からメディアに開放されていた会場のあちらこちらで話を聞いて回った。世界最大の技術関連イベントだけあって3200社以上の企業が出展し、11万5000人以上が来場したが、新型コロナウイルス流行前の20年レベルには及ばなかった。「中身が薄い」との批判も地元メディアや来場客から聞かれる中で、筆者が感じ取ったのはその逆。日本企業には「これから飛躍のときが来る」と予感した。なぜか。

新型コロナウイルスの流行が落ち着き、来場者が戻ってきたCESの会場
新型コロナウイルスの流行が落ち着き、来場者が戻ってきたCESの会場

 「どの発表もつまらなかった。がっかりしたわ」

 1月初旬のラスベガスは、恒例の技術見本市「CES」のおかげで世界各地から集まった報道陣や業界関係者でにぎわっていた。複数の会場間を専用のシャトルバスで移動中、地元メディアのグループがこんな会話を始めた。

 「○年までにCO2(二酸化炭素)排出削減効果が○億トンとか、そんな話ばかり。新しい商品や技術の話が聞きたくてやって来ているのに、これでは記事にならないよ」

 同様の声は日系企業の関係者からも聞かれた。出展はせずに視察のために訪れたという自動車業界関係者は、「日本企業ではパナソニックやソニーのブースが目玉だったが、出展費用を大幅に削減しているのが見て取れた」と話す。別の在米日本人の来場者も「これでは書くのが大変でしょう」と筆者に同情のまなざしを向けた。

 現地に滞在したのはメディア向けに開放された2日間を含めて3日間。その間に回れた範囲での感想にはなるが、多くの来場者の意見とは裏腹に「これからの日本の未来は明るい」とワクワクしてニューヨークに帰ってきた。

 その最たる理由が「水素エネルギーの可能性」を実感したことだ。

 2022年のCESではクルマの電動化という大きなトレンドに関連する展示が目立ったが、この1年間で市場を取り巻く環境は大きく変わった。米国ではニューヨークやカリフォルニアの都市部だけでなく、地方都市でも電気自動車(EV)を頻繁に目にするようになった。22年1~9月に米国内で販売されたEVは約52万5000台。うち65%をテスラ車が占め、さらにその30%近くがトヨタ車かホンダ車からの乗り換えだった。EVは普及段階に入り、最新技術トレンドと呼ぶには少し古くなりつつある。そこで話題になったのが水素なのだ。

否定されても水素を貫いた日本企業

 米国に赴任する前は自動車産業を担当していたため、水素と聞くとどうしてもトヨタ自動車が14年に世界で初めて一般消費者向けに発売した燃料電池車(FCV)「MIRAI」を思い浮かべてしまう。

 水素は圧縮したり液化したりすれば電気に比べて保管や運搬がしやすい。ガソリンと同じように扱えるので、EVよりもエネルギー補給の時間が短くて済む。水素を空気中の酸素と結合させて発電するためCO2を排出しない。

 EVでも、風力発電や太陽光発電など再生可能エネルギーを使うことが可能だが、電池にためない限りは保管できない。送電する場合も蓄電する場合も一定のロスが出るうえ、天候に左右されやすいというデメリットもある。

 水素の圧倒的なメリットは安定的な供給ができる点にあるが、当時は筆者も含めて懐疑的な意見が多かった。技術面や普及面で課題が山積だったからだ。

 例えば、水素を取り出す原料に天然ガスなどを使った場合、その過程でCO2が出るため、クリーンなエネルギーにするにはこれを空気中に逃がさないためのキャプチャー技術が必要になる。

 水を電気分解して水素と酸素を取り出すこともできるが、今度はその装置で必要になる素材に高価なレアメタルを使う場合が多く、効率的かつ安価に水素を生成する技術がまだ確立されていなかった。

 さらに水素ステーションなどのインフラが配備されていないため、消費者がFCVを購入したところで燃料を補給する場所が少なすぎる。

 ところが、この状況を根底から揺るがす大きな事件が22年に起きた。ロシアによるウクライナ侵攻だ。

 天然ガスなどのエネルギー供給をロシアに頼ってきた欧州では、エネルギー価格が高騰し、市民が暴動を起こすまでに発展した。輸入に頼らずにエネルギーを確保するにはどうすればいいのか――。そんな中で欧州諸国が政府のカネをつぎ込んででも整備しなければならないと目を向け始めているのが水素発電なのだ。

 水素発電は車両に限らず、工場や家庭でも使える。電気を得る過程で発熱するため温水も同時に得られるのがメリットだ。ここでピンとくる方がいるかもしれないが、日本ではパナソニックグループの「エネファーム」など、すでに水素から電気と温水を作る装置が市場で売られている。さまざまな批判を浴びながらも水素燃料車にこだわってきたのもトヨタとホンダなど日本の会社だ。

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3/14、4/5ウェビナー開催 「中国、技術覇権の行方」(全2回シリーズ)

 米中対立が深刻化する一方で、中国は先端技術の獲得にあくなき執念を燃やしています。日経ビジネスLIVEでは中国のEVと半導体の動向を深掘りするため、2人の専門家を講師に招いたウェビナーシリーズ「中国、技術覇権の行方」(全2回)を開催します。

 3月14日(火)19時からの第1回のテーマは、「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」です。知財ランドスケープCEOの山内明氏が登壇し、「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」をテーマに講演いただきます。

 4月5日(水)19時からの第2回のテーマは、「深刻化する米中半導体対立、日本企業へのインパクト」です。講師は英調査会社英オムディア(インフォーマインテリジェンス)でシニアコンサルティングディレクターを務める南川明氏です。

 各ウェビナーでは視聴者の皆様からの質問をお受けし、モデレーターも交えて議論を深めていきます。ぜひ、ご参加ください。

■開催日:3月14日(火)19:00~20:00(予定)
■テーマ:「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」
■講師:知財ランドスケープCEO 山内明氏
■モデレーター:日経ビジネス記者 薬文江

■第2回開催日:4月5日(水)19:00~20:00(予定)
■テーマ:「深刻化する米中半導体対立、日本企業へのインパクト」
■講師:英オムディア(インフォーマインテリジェンス)、シニアコンサルティングディレクター 南川明氏
■モデレーター:日経ビジネス上海支局長 佐伯真也

■会場:Zoomを使ったオンラインセミナー(原則ライブ配信)
■主催:日経ビジネス
■受講料:日経ビジネス電子版の有料会員のみ無料となります(いずれも事前登録制、先着順)。視聴希望でまだ有料会員でない方は、会員登録をした上で、参加をお申し込みください(月額2500円、初月無料)

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