「いずれこの場所も安全ではなくなるかもしれない」。ミン・ナイン・ウー氏の不安は尽きない。国軍は民主派勢力を支持する少数民族の町や村を襲撃し、砲弾を打ち込み空爆にまで踏み切った。「襲撃を受けていない村にも国軍の戦闘機やドローンが毎日のようにやって来る。住民はジャングルに逃げ込まざるを得ない」(少数民族関係者)。

 地方における国軍と少数民族武装勢力や市民の抵抗組織との衝突は激化しており、多くの難民が発生している。国連人道問題調整事務所(OCHA)によれば、ミャンマー南東部だけで15万1000人もの人々が国内避難民となることを余儀なくされているという。「国際的に報道される衝突は一部にすぎない。数多くの戦闘が実際には起きており、その度に双方に被害が出ている」。ミン・ナイン・ウー氏はこう指摘する。

クーデター以後、国軍との衝突で多くの難民が発生しており、ジャングルでの避難生活を強いられている。(写真:カレン・ピース・サポート・ネットワーク提供)
クーデター以後、国軍との衝突で多くの難民が発生しており、ジャングルでの避難生活を強いられている。(写真:カレン・ピース・サポート・ネットワーク提供)

 既にミャンマーには雨期が到来している。その勢いはすさまじく、屋外で長時間を過ごすことは難しい。避難場所での食料や医療も圧倒的に不足している。少数民族地域の主な産業は農業だが、治安の悪化で人々は種まきの時機を逸してしまったという。「どうやって暮らしていくのか」。ある少数民族の関係者に尋ねたが「今は何の見通しもない」という。

もう大学には戻れない

 少数民族地域を中心とする地方に戦火が拡大する一方で、ネピドーをはじめマンダレーやヤンゴンといった都市部は少しずつ平穏を取り戻していった。

 「道路を行き交う車の量もクーデター以前の7~8割の水準に戻ってきている。この調子でいけば経済も近く元通りになるのではないか」。日本企業の関係者の中にはこう楽観する向きもある。ただ抵抗運動が沈静化したのは、「目立った動きをすれば殺される」という恐怖が浸透したからにすぎず、「国軍への怨嗟の声は今も満ちている」(ヤンゴン在住者)。

 「生活が苦しくて、故障したスマホの修理代も払えない。助けてくれないか」。5月末、マンダレーの大学に通う知り合いの学生から筆者の元にSNSを通じて連絡があった。この学生からこうしたお金の無心を受けたことは今までなかった。「君は今どういう状況にいるんだ。無事なのか」。こうメッセージを返すと、間もなく返信が来た。「今はマンダレーから離れた農村にいる。僕はもう学生じゃない。農民だ」

 事情を改めて聞くと、この学生はクーデターに反発し抗議デモに積極的に参加していたが、身の危険を感じて知り合いがいる農村に避難せざるを得なかったという。「学校に行けば、多分拘束される。それに先生たちもCDMに参加しているから、学校に行ったところで授業なんかない。僕にはもう何の希望もないよ」と話す。

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