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 新型コロナウイルスの感染拡大は人々の生活を一変させた。収束後もすべてが元に戻るわけではなく、人、企業、国などが営みを続けるうえでの新たな「常識」となって定着しそうなものも多い。各地で芽吹いている「ニューノーマル」を追う。今回のテーマは「国民に広がる強権政治への信任」

 タイで判明している新型コロナウイルスの新規感染数が減少している。3月22日に188人のピークとなった後、感染者の数は低下し、4月26日以降は1日当たり20人未満となっている。

 感染拡大がピークに達した3月22日、タイ政府はバンコクの商業施設の封鎖に踏み切った。この日までに既にバーやマッサージ店など娯楽施設の営業は停止されていた。

 その後も対策は矢継ぎ早に取られた。同月26日には首相の権限を大幅に強化する非常事態宣言が発令され、4月に入ると夜間の外出も禁止された。同月中旬のタイ正月前には、規律が緩むことを避けるため政府はアルコールの販売まで禁止している。

5月3日、タイでは感染防止策を取ることを条件に、一部飲食店などの営業が再開された。政府は感染者数の推移を見ながら順次封鎖を緩和していく方針を示す(写真:ロイター/アフロ)

 政府は人の移動や企業の活動を制限する策を次々と打ち出し、国民や企業の多くがその指示に粛々と従った。プラユット首相に権力が集中する一方で、国民の自由は奪われ、仕事を失った人も多い。

 民主主義的な観点からすれば憂慮される事態かもしれない。ただ少なくとも現状で、国家権力の伸長を問題視する声は少ない。むしろ感染拡大を抑え込んでいるとして政府の取り組みを評価する声の方が目立つ。

「新型コロナは国のリーダーの質を試す」

 政府の新型コロナウイルス感染症対策センターが約10万人に対し実施した調査によれば、ほぼ全員が政府の対策に理解を示しており、9割以上の人々が在宅の徹底が感染拡大を減らすのに貢献していると答えている。

 政府の新型コロナ対策への評価は、そのまま国の指導者に対する評価につながる。中立的な立場で知られ、どちらかと言えば政府に厳しい立場を取る現地紙(ターンセッタキック紙)は4月28日、「人々は政府を信頼している」「プラユット首相は正しい専門家と連携して対策を取っている」と報じ、「新型コロナは国のリーダーの質を試す」とプラユット首相の手腕を暗に持ち上げた。

 プラユット首相は陸軍司令官として2014年のクーデターを主導し、5年続いた軍事政権の暫定首相として独裁的な地位に就いた人物だ。2019年3月には民政移管の選挙が実現したが、軍に有利な仕組みが導入されていたこともあり親軍政党が政権与党の座を獲得。プラユット氏が引き続き首相を務めることとなった。

 今年2月には反軍的な政党を解党に追い込むなど、プラユット政権は強権的な姿勢を続ける。民主主義の徹底を求める学生を中心に反発が強まっていたが、新型コロナがその評価を一変させた。「(プラユット首相にとって)新型コロナは絶好のタイミングでやってきた危機だった」。バンコクで働くある会社員はこう話す。

容認される強権政治

 「いいタイミングで新型コロナがやってきた」。同じ言葉はマレーシアの首都クアラルンプールに住む住民からも聞かれる。