闇営業ホテルの不安

 「1月上旬から今までの間に、売り上げは昨年の半分ほどに落ち込んでしまった。店の営業まで禁じられたらやっていけない」と上述のマネジャーは頭を抱える。

 政府が入国を禁止しなくとも、既に外国人観光客の足は止まっている。バンコクポストによれば、2月のタイへの旅行者の数は前年同月比で44.3%減少した。3月はもっと落ち込んでいる公算が大きい。その影響は娯楽施設のみならず、小規模な衣料品店や宿泊施設を直撃している。

 低価格の衣料品を売る店舗が軒を並べるショッピングセンター「プラチナム・ファッション・モール」。中国やシンガポールなど多くの外国人観光客であふれる活気あるモールだったが、人影はない。「2月の売り上げは(前年同月比で)9割も減ったよ。もう店はやめるつもりだ。新型コロナの感染拡大が終われば何とかなるかと思い踏ん張っていたが、もうだめだ」。4階の売り場にテナントとして入るTシャツ専門店のオーナーは諦め顔でこう話す。

衣料品の専門店が並ぶ「プラチナム・ファッション・モール」の4階フロア。シャッターを閉じている店舗が多い
衣料品の専門店が並ぶ「プラチナム・ファッション・モール」の4階フロア。シャッターを閉じている店舗が多い

 フロアにはシャッターを下ろした店舗が目につく。もともとタイは米中貿易摩擦のあおりを受けて経済成長が鈍化し、消費は落ち込んでいた。新型コロナがこれに追い打ちをかけた。Tシャツ店のオーナーによれば、頼みにしていた外国人観光客の来店も望めなくなり、近隣の店舗が次々と撤退しているという。営業終了間際、Tシャツを1枚購入すると、オーナーは「今日はあなたが2人目のお客さんだよ」と苦笑いした。

 2階のフロアで女性向けのバッグを販売する店舗では、お客さんだけでなく商品も来ない事態に直面している。多くのバッグは中国から輸入しているが「1月後半に注文した商品がまだ来ない。中国工場が稼働を停止したからだ」と店のマネジャーは語る。売るものがないため、試しに消毒液を並べたところ、これだけは飛ぶように売れているという。

 「頼みの欧州にまで新型コロナが拡大している。ホテルだけで食べていくのはもう難しいかもしれない」。バンコク旧市街で小さなホテルを経営するオーナーはこう話す。42ベッドあるこのホテルの今年2月の売り上げは、昨年の38万バーツ(約126万円)から28万バーツ(約93万円)に落ち込んだ。このホテルの宿泊客は中国人よりも欧米人の方が多かったため、何とか持ちこたえてきたものの、欧州での感染拡大を受けて彼らの足も遠のきつつある。「3月の売り上げは壊滅的だ」とオーナーは話す。

 ホテルオーナーの不安は尽きない。政府は中小零細企業や宿泊業向けの救済策を急ぎまとめているが、「自分たちは対象にならないかもしれない」と恐れている。このホテル、実はいわゆる「闇営業」で、正式な事業許可を当局から得ていないからだ。「宿泊業に関して当局が定めている設備や人員の条件が厳し過ぎて、大きなホテル以外は対応が難しい。だから多くの小規模ホテルは、当局関係者に少なくない額の賄賂を支払って営業している。バカバカしいが仕方のないことだ」とこのオーナーは吐き捨てるように話す。

 娯楽施設が営業を停止する前日、当局との深い関係をほのめかしながら「他の店舗は駄目だろうが、うちは大丈夫」という根拠の薄い自信を示すマッサージ店がいくつかあった。ただ翌日に繁華街を歩いた限りでは、この店を含むあらゆるマッサージ店がシャッターを下ろしており、今回は当局が厳しく営業を取り締まっていることがうかがえる。

 新型コロナから国を守るために、政府が国民に負担を強いるのは仕方のないことかもしれない。だがその分、救済策も公平であることが求められる。もともとタイは社会格差、経済格差が大きく、これに対する不満が根強くある。経済が行き詰まる中、社会の不安定化を回避しながらウイルスも封じ込める、難しいかじ取りがタイ政府に求められている。

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