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 三越伊勢丹ホールディングス(HD)のタイ子会社は16日、バンコクの中心部にある百貨店、バンコク伊勢丹の営業を8月31日に終了すると発表した。伊勢丹のバンコクへの進出は1992年に遡る。タイ国内最大規模の日系百貨店として高い知名度を誇ってきたが、近年は地場競合との間で激化する競争に埋もれ、存在感を発揮できずにいた。入居するショッピングセンターと契約更新の交渉に臨んだが条件面で折り合うことができず、伊勢丹はタイ進出から29年目にして同国から撤退することになった。

タイの首都バンコクの中心部にある「バンコク伊勢丹」。外壁に掲げられたISETANの看板は塗装が剥げており、古びた印象を与える

 15日の日曜日にバンコク伊勢丹を訪れた。6階まであるフロアはどこも人はまばらで活気はない。「もともとお客さんは多くない店だが、最近はウイルス(新型コロナウイルス)のせいで、さらに客足が遠のいている」。婦人服売り場の店員はこう話した。

 三越伊勢丹HDは「今回の決定と新型コロナとは関係はない」としている。バンコク伊勢丹はタイ小売り最大手セントラル・グループが運営する巨大なショッピングセンター「セントラル・ワールド」の中核テナントとして出店している。

 セントラルの関係者によれば「伊勢丹は出店時に長期契約を結んでおり、ちょうど今が更新のタイミングだった」と話す。経済成長を追い風に30年でタイの消費市場は様変わりし、バンコクでも一等地にあるセントラル・ワールド周辺の土地は大きく値上がりした。これを受け、セントラル・グループは大幅な賃料の値上げを持ちかけたようだ。

 バンコク伊勢丹はセントラルが提示する賃料を受け入れることはできなかった。順風満帆の経営とは言い難かったからだ。2011年度以降、黒字経営を続けてはいたものの、営業利益が1億円を超えることはなかった。足元でも業績は振るわず、2019年5月に同年度の営業利益が前年度比約7割減の2500万円になりそうだと発表している。

 その業績からは、コスト配分を見誤れば即座に赤字転落する厳しい舵取りが続いてきたことがうかがえる。この状況で、セントラルが求める賃料の値上げを飲んでしまえば、業績は悪化し、立ち行かなくなる恐れがあった。

バンコク伊勢丹の大家、セントラルのいら立ち

 「地場競合が積極的に既存店の改装や新しい商業施設の展開に取り組む一方で、設備投資する余裕のないバンコク伊勢丹は取り残されていった。売り場も古くなっていた。消費者はセントラル・ワールドは訪れてもバンコク伊勢丹まで足を運ばない」。タイに進出する日系小売りに詳しい専門家はこう指摘する。

 それは現場の店員も感じていた。「今回の発表に驚きはない。ちょっとしたリニューアルはするものの、基本的には代わり映えしない売り場だったから、日本の本社はあまり力を入れていないのだろうと思った」とある店員は話す。

 それでもバンコク伊勢丹が黒字を確保できていたのは、28年の間、しぶとく営業を続け、品質の高い日本製品を販売してきたことで、タイ人富裕層の一部から根強い支持を得ていたからだ。前述の専門家によれば「バンコク伊勢丹にはざっくりと5万人程度のお得意様がいて、彼らの支えでバンコク伊勢丹は成り立っていた」と指摘する。