ところで、『AI崩壊』でAI監修されていますが、具体的にはどんなことをされたのでしょうか? 入江悠監督は1年間、人工知能学会の会員になってAIを勉強されたと『AI崩壊』のホームページに書かれています。

松尾氏:監修と言っても、入江監督に技術的なインプットをしたことと、あとは多少アドバイスをしたくらいです。ほぼ入江監督ご自身の技術を吸収する努力によるものです。監督はAIの技術について相当勉強されておられて、その努力は本当に頭が下がります。

なるほど。話は変わりますが、以前、松尾先生が東大で「データサイエンティスト養成」という寄付講座をやられていたときに、「企業から個人情報を入手して学生に分析させたいけれど、その個人情報をしっかりと管理するために専門家を入れないとやりたくてもできない」という見識を示されていました。AIを活用する上で、個人情報の管理は不可欠ですし、個人情報の流出は絶対に避けなければならないですね。万が一に備えて堅牢(けんろう)なサーバーを構築すべきだと思いますが。

松尾氏:私は、日本の個人情報の問題はややヒステリックな面があり、被害者が誰なのか、本当に被害にあっているのかが議論されないまま、「良くないことだ」という社会的な反応が起きてしまうのはどうかと思っています。それも、先程の話に戻りますが、新しい時代の個人の権利というのがしっかり議論されていないからだと思います。

 システムの冗長性については、AIに限った話ではありませんね。「フェイルセーフ」、つまり万が一の障害に対してシステムをしっかり守る必要があります。映画『AI崩壊』では、1人の人の悪意でAIが暴走してしまいますが、こうしたことが起こらなくする工夫は必要ですね。

まずは、ちゃんとディープラーニングを学ぶ

あらためて、第3次AIブームの火付け役になったディープラーニング(深層学習)の活用について、経営者にアドバイスしてください。

松尾氏:そうですね、まずは技術の勉強をちゃんとやってほしいことと、新しい技術と若者に投資してほしいことですね。

今まさに春闘(春季労使交渉)ですが、成果に応じて給与を変えていくべきだという意見が出てきています。ディープラーニングを実装できたり、ディープラーニングを活用して事業を飛躍的に効率化したりしている社員に対しては、ほかの社員よりも給料を高くしたりすべきではないかという考え方が、ようやく日本にも出てきましたが、松尾先生はどう考えていますか?

松尾氏:それはいい動きだと思います。ただ、最終的に事業や顧客への付加価値にきちんと結びついているかどうかをしっかり見る必要もあると思います。人事制度については結局、若い人が何を求めているのか、しっかり把握しなければ始まりません。AIの世界で活躍するような若い人は終身雇用を求めているわけではなく、短期間でいろいろ経験して能力を発揮したいのです。なので、そこを考慮した人事制度にしなければならないでしょうね。そう考えると、子会社をつくって別の人事制度にするのはよい方法の1つだと思います。

以前、人工知能学会の全国大会のパネルディスカッションで、東大の学生が大学院を出てある日本の大企業に就職したら、ディープラーニングの最新の論文を読むなど自分がやりたいことをやらせてもらえず、会社を辞めて東大に戻ってきたという話がありました。その大企業はその新入社員がやりたいことをちゃんと把握せず、その人の力を引き出すことに失敗したわけですね。その人がやりたいことをちゃんと理解して、必要なら子会社をつくってその人に思う存分に仕事をやってもらえるようにすることが必要なんでしょうね。

松尾氏:そうですね。AIによって事業がどう変わるのか、プラットフォームがどう変わるのかといったビジョンが必要ですよね。それがあってはじめて、どういった人材に投資すべきかが見えてくる。

そして海外の有望なスタートアップ企業に投資するわけですね。

松尾氏:日本の大手企業でも、海外のスタートアップに目を向ける場面が増えてきたように思います。海外のAIスタートアップ企業を回っている投資担当の人は、最先端の技術に触れ続けるので、研ぎ澄まされて目線が合ってきます。そういう人は、日本における事業のやり方についての問題点も見えてくることも多いと思います。

この記事はシリーズ「多田和市がAIワールドを徹底追跡」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。