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東芝の社外取締役で取締役会議長を務めた小林喜光氏(三菱ケミカルホールディングス会長)が7月31日の定時株主総会で退任した。不正会計が発覚した2015年から東芝の再建にかかわってきた小林氏。社外取締役の立場で東芝の経営危機にどう対峙してきたのか。5年間にわたる経営危機への対応を聞いた。

小林喜光(こばやし・よしみつ)氏
三菱ケミカルホールディングス会長。1946年生まれ。東京大学大学院修了後、海外留学を経て74年12月に三菱化成工業(現・三菱ケミカル)入社。2007年三菱ケミカルホールディングス社長、15年同社会長。経済同友会前代表幹事。東芝では15年9月に社外取締役就任。17年10月から取締役会議長も務め、20年7月末で退任した。(写真:竹井俊晴、19年撮影)

7月31日開催の定時株主総会で、東芝の取締役会議長を退任されました。経営危機の2015年9月に就任して5年、現在の率直な心境は。

小林喜光・東芝前社外取締役(以下、小林氏):社外取締役を引き受けた経緯から話しましょうか。

 私は15年4月に経済同友会の代表幹事に就任しました。就任に当たり、ジャパンディスプレイと東京電力(当時)の社外取締役を退任し、三菱ケミカルホールディングスでは社長から会長に変わるなど、同友会に専念する覚悟でした。そのタイミングで東芝の(不正会計の)問題が起きたわけです。

 すると西室泰三さん(東芝社長や日本郵政社長などを歴任)が、足が悪いのに秘書に支えられながら私のオフィスにいらして、「小林君、東芝を救ってくれ」と頼んでくるのです。最初はお断りしましたが、社外取締役だった伊丹敬之さん(一橋大学名誉教授)からも電話で何度も「月に1度会議に出ればいいんだから」と説得されました。

 同友会の中には「個別企業(の社外取締役)はよくない」という意見もあった。ただ、「日本を代表する電機産業を引っ張ってきた東芝が不正会計で失敗すると、日本の企業が株式市場からの信頼を失うことにつながる」との危機感を持っていました。同友会は行動する経済団体であるという考えの下、まずは再発防止策を議論する経営刷新委員会にオブザーバーとして加わり、15年9月に正式に社外取締役を引き受けました。

 ですので、東芝の経営が安定したら自らの職務に没頭すべきだと思っていました。企業経営に終わりはありませんが、16~17年ごろの、はっきり言えば「会社更生法や民事再生法を適用すべきか」というタイミングに比べたら、今は財務的に改善し、潰れることはないだろうという状況になった。

 中期経営計画の「東芝Nextプラン」で、インフラサービスカンパニーを目指すという方向性も決まりました。経営に一定の安定をもたらすことができたこのタイミングで、新しい人にやってもらおうと考えたのです。

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社外取締役の立場から見て、東芝を再建できた要因はどこにあるとお考えですか。

小林氏:東芝というブランドに誇りを持った社員が頑張ったことに尽きると思う。コーポレートを含めて現場がしぶとくやり抜いてくれました。