マスクと換気の兼ね合い

 ただし、いくら世界最高レベルの性能を持つスパコンを利用したといっても限界はある。1つはシミュレーションの条件を変えると結果が異なってくることだ。坪倉氏らは6月にも富岳によるシミュレーション結果を一部紹介したが、その際には「電車では混雑時に窓を開けることで換気が進む」としていた。今回も、「何センチ窓を開けるかに比例して換気量が増える」としたものの、駅で停車してドアを開閉することによる換気効果も大きく、「JR山手線のように頻繁に停車する電車だと、ドアの開閉により窓を5cm開けるのと同じような換気効果が得られる」と指摘した。条件にもよるが、冬場に寒い思いをして窓を開ける必要があるとは限らないようだ。

 もう1つの課題は、今回のシミュレーションでは飛沫がどこに到達するかを調べているだけで、実際に感染するかどうかは分からないことだ。例えばシミュレーションでは、航空機内で通路側の人がマスク無しで咳をすると、エアロゾルが前後1列、左右4席程度まで拡散し、リクライニングの場合にはより多くの飛沫が前列のシートや乗客に付着し、エアロゾルは前後2列、左右4席まで拡散するという結果となったことを紹介した。ただし、どの程度の濃度のエアロゾルが到達すると感染のリスクが高まるのか、飛沫とエアロゾルのどちらの方が感染のリスクが高いのかといったことは分かっていない。

 坪倉氏は「大きな飛沫は体の奥まで入らないが、エアロゾルは下気道や肺にまで到達するとされる。クラスターなどの研究からは、エアロゾルによる感染が起きていると分かっているし、要因としては飛沫よりもエアロゾルの方が大きいという指摘もある。われわれとしてもどういう場合に実際に感染リスクが高いかを把握したいと思っている。大きなサイズの粒子が危険ならマスクで対策できるが、小さな粒子がより危険なら換気が重要ということになる。それが分からないので、マスクも換気もといって負担が大きくなっている面がある」と考えている。

 ただし、そこまでシミュレーションしようとすると、ウイルスがどのような状態であれば人への感染を起こしやすいのか、体内のどこで増殖して感染を起こすのかといったデータも必要になり、ウイルス学者や臨床医なども交えた研究体制が求められるだろう。

 スパコンを使ったシミュレーションで、マスクの着用が飛沫・エアロゾルの飛散を抑えていることはよく理解できたが、マスクの着用により周囲の人の感染や発症がどれだけ抑えられるのかは今回の結果だけでは判断できない。画像で示されるとインパクトが大きいだけに、その意味するところを正しく理解したいものだ。

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