中外製薬は10月22日、2020年12月期の第3四半期までの決算発表を行った。1-9月の売上高は前年同期比13.3%増の5765億円、コア営業利益は35.5%増の2319億円、コア四半期利益も33.0%増の1656億円と好調だ。2020年12月期通期の業績予想に対して、売上高は既に77.9%、コア営業利益は84.3%を達成しており、通期業績の上振れも視野に入ってきた。
好調の主因は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による肺炎に効果が期待されるアクテムラや、血友病A治療薬として市場に導入を進めているヘムライブラの、スイス・ロシュ向けの輸出が大きく伸びたことだ。アクテムラの輸出は前年同期比45.2%、ヘムライブラの輸出は同593.5%増えた。
アクテムラはCOVID-19肺炎に対する臨床試験をロシュが海外で行い、重症入院患者を対象とする試験では目指した効果が得られなかったものの、入院患者を対象とする別の試験で目標を達成し、現在、ロシュは申請に向けてデータを解析しているところだ。
ただ、COVID-19肺炎に対して適応外でアクテムラが使われる例が広がっているようで、ロシュによるアクテムラの売上高は、第1四半期が前年同期比30%増、第2四半期が同40%増、第3四半期も同27%増と好調に推移した。第3四半期には欧米では伸びが鈍化したが、それ以外の新興国などで大きく伸びた。
ヒトや動物が持つ免疫の仕組みを利用
こうした既存の製品による好調さもさることながら、注目すべきは中外独自の「抗体エンジニアリング技術」を適用した新薬や候補品などの動向だ。
2000年代以降に創薬研究の生産性が低下し、1つの医薬品を開発するための時間と費用が膨れ上がる中で、多くの製薬企業では特定の疾患領域に焦点を絞って創薬に取り組む戦略を採った。しかし中外ではまず技術を確立して、疾患領域は絞り込まずにその技術が役立ちそうならあらゆる領域での創薬を検討する戦略を採ってきた。2010年前後ごろまでに「抗体エンジニアリング技術」と称する独自技術を確立できたからだ。

「抗体医薬」はヒトや動物が持つ免疫の仕組みを利用した医薬品だ。体内に抗原と呼ばれる異物が入るとそれを排除するために抗体がつくられる。この仕組みを利用し、疾患や症状の原因となる特定の物質を除去するように設計してつくられたのが抗体医薬だ。
抗体医薬はY字の形をしており、両腕の先に目的の物質だけを選んで結合する部分がある。目的の物質に結合する部分の構造だけが異なり、他の部分はどの抗体医薬でもほぼ同じ構造をしている。このため、どの抗体医薬でも体内に投与した後の挙動はほぼ同じで、副作用などが起こりにくい一因にもなっている。
ところが中外の研究陣は、どの抗体にも共通している部分の構造を工学的に改変して、体内での挙動を制御しようと考えた。抗体を構成する「アミノ酸」を1つずつ別のものに置き換えて、その挙動を確認するという地道な作業を通して、抗体エンジニアリング技術を確立していった。
この結果、例えば抗原に結合した抗体を細胞に取り込まれやすくしたり、細胞に取り込まれた後、通常は抗原と一緒に分解されるところを、抗原を手放して細胞外に放出されるようにしたり、血液中に長時間とどまるようにしたりと、様々な性質を持たせる技術を確立した。
候補品の開発も順調に進展している
その抗体エンジニアリング技術を適用した第1号の製品が、6月に日本で、8月に米国で承認を取得したエンスプリングだ。視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)という希少疾患の再発を予防する薬として承認された。
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