微生物との闘いをいかに制するかは、古くからの創薬の主要テーマだが、高齢化に伴い、生活習慣病やがん、中枢神経疾患といった疾患に多くの製薬企業の関心は移っていった。しかし、微生物の脅威が去ったわけではない。薬剤耐性(AMR)の微生物への警戒感が世界的に強まる中、塩野義製薬の研究陣はAMRに有効な創薬を実現した。

 2014年12月、英国政府の依頼で経済学者のジム・オニール氏らがまとめた報告書の第一報に世界は衝撃を受けた。既存の抗菌薬が効かなくなった薬剤耐性(AMR)の微生物による死者は13年に世界で70万人程度だったが、今後、何も対策を取らなければ50年に1000万人が死亡すると警告したのだ。

 15年には、世界保健機関(WHO)がAMRに関する国際行動計画を採択し、各国が様々な対策を取り始めた。だが、心もとない。切り札的に使われているカルバペネム系の抗菌薬に対して耐性を持つグラム陰性菌という細菌が登場し、広がりつつあるからだ。

 塩野義製薬が20年2月に米国で発売した「フェトロージャ」は、カルバペネムを含む様々な薬剤に耐性を獲得したグラム陰性菌に有効な新規作用の抗菌薬だ。開発をリードした山野佳則・感染症領域シニアフェローは、1986年に入社して以来30年以上、抗菌薬の研究に携わってきた。2005年に塩野義が発売したカルバペネム系の抗菌薬「ドリペネム」の創薬にもかかわった。

いちかばちかの“トロイの木馬”

 山野フェローは、ドリペネムが発売された05年ごろ、苦境の真っただ中にいた。「ドリペネムは入社したときには既に見つかっていた化合物だ。それから20年研究を続けても別の抗菌薬が出せなかった。『これ以上、研究を続ける価値があるのか』と研究所で言われていた」と振り返る。

 塩野義は、1980年代に初の自社創製抗菌薬を発売して以来、抗菌薬の研究を強みとしてきた。一方、病気の主流が感染症から生活習慣病へと変化する中、多くの製薬企業が抗菌薬の研究から撤退していった。塩野義も2005年ごろ、急性期疾患から慢性期疾患治療薬へシフトする方針を打ち出し、抗菌薬の研究人員を徐々に減らしていた。

 感染症の研究をマネジメントする立場だった山野フェローは追い込まれた。そこで、「いちかばちか」(山野氏)で始めたのがシデロフォアセファロスポリンと呼ばれるタイプの抗菌薬の研究だった。

 シデロフォアは微生物が栄養素として鉄を取り込むために分泌する物質。微生物は鉄と結合したシデロフォアを細胞膜上にある受容体を介して体内に取り込む。シデロフォアセファロスポリンは、細菌が分泌するシデロフォアを模した構造をしており、細菌を“だまして”体内に入る。このため研究者の間では「トロイの木馬」とも呼ばれている。

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 シデロフォアセファロスポリンは塩野義の専売特許ではない。1990年代には各社が開発に取り組んでいたが、臨床試験を開始すると安全性などの問題が発覚して、いずれも中止となっていた。「我々も研究してみて、細菌に対する効果は期待できるものの、薬にするのは絶対無理だろうと感じていた。このタイプの研究はやらないと決めた時期もあった」と山野フェローは言う。

 それでも再チャレンジしてみると予想に反し、手応えがあった。「それなら頑張ってみよう」と研究を本格化したのが2008~09年ごろだ。

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