5月1日に約59億ドル(約8000億円)を投じる米バイオ医薬企業の買収を発表したアステラス製薬。買収するのは、眼科領域に特化する米スタートアップのアイベリック・バイオ。大型補強に動いた第一の目的は、2027年ごろに特許切れを迎える主力の前立腺がん治療薬「イクスタンジ」の売上高減少に手を打つことだ。

 アイベリックが有する候補品のうち、「地図状萎縮(GA)を伴う加齢黄斑変性(AMD)」に対して開発してきたACPという核酸医薬は既に米国で承認申請実施済みで、米食品医薬品局(FDA)は8月19日までに承認の可否を決定する見込み。臨床試験を終えた候補品を有するため買収価格は高くなったが、それでも買収に踏み切ったのは23年3月期に約6600億円の売上高となり、近く特許切れを迎えるイクスタンジの穴埋めが必要だったからだ。

 21年に発表した25年度までの「経営計画2021」では、イクスタンジの特許切れ後の30年度に、既に開発後期から商業化段階にある6つの重点戦略製品と、「フォーカス・エリア・プロジェクト」と称している早期の開発品目の育成により穴埋めするシナリオを描いていた。しかし、21年9月に神経筋疾患に対する遺伝子治療薬AT132がFDAから臨床試験の差し止めを受けたり、日本と欧州で販売している腎性貧血治療薬「エベレンゾ」の今後の想定売上高を下方修正したりしており、重点戦略製品は計画策定時の想定通りには必ずしも育っていなかった。5月1日の説明会で買収を決めたACPを、30年度に向けてイクスタンジの売上高減少を補う「第3の柱」と位置付けたことにも、6つの重点戦略製品の開発が必ずしも順調ではない状況がにじむ。

 今回の買収により、ACPがFDAから承認されることが前提ではあるものの、イクスタンジの売上高減少にはそれなりの手を打つことができた。ただ一方で、30年度以降の成長のけん引役と位置付けるフォーカス・エリア・プロジェクトから、臨床試験で薬としての概念実証(PoC)を取得したものがまだ出てきていないという課題がより鮮明になったともいえる。以下、4月1日に就任した岡村直樹社長最高経営責任者(CEO)へのインタビューをお届けする。

19年から副社長を務められて、21年度に発表された「経営計画2021」の策定にも関わられました。経営計画の進捗をどのように捉えていますか。

岡村直樹(おかむら・なおき)氏
岡村直樹(おかむら・なおき)氏
1985年3月東京大学薬学部卒業、1986年4月山之内製薬(現アステラス製薬)入社、2016年6月アステラス製薬執行役員経営企画部長、18年4月執行役員経営戦略担当、19年4月副社長執行役員経営戦略担当、19年6月代表取締役副社長、23年4月代表取締役社長CEO(現任)

岡村直樹社長CEO(以下、岡村社長):経営計画2021をつくったときとは前提条件が違ってきている部分はあります。戦略目標を4つ、成果目標を3つ掲げましたが、それが全部順調とは言えないし、全部だめという状況ではなく、凸凹はあります。

 例えば主力のイクスタンジが当初の想定より早く成熟期に入りつつあったり、エベレンゾが振るわなかったり、米国で22年8月に承認申請した経口の非ホルモン治療薬フェゾリネタントの承認可否判断が3カ月遅れて5月になるとFDAから通知を受けたりました。ただし、基調としては「経営計画2021」に掲げたいくつかの目標は達成できると思っています。

 それでも前提条件の変化があるので、より盤石なものにするためにやらなければならないことがいくつかあると考えています。一番の課題はフォーカス・エリア・アプローチからまだPoCが取れていないことです。だから4月1日から初期開発について、組織とオペレーティングも含めて新しいやり方に変え、プライマリーフォーカスから出てくるプロジェクトのPoCの見極めを加速しようと思っています。

(編集部注:フォーカス・エリア・アプローチは、18年度から取り組んでいる創薬研究テーマについて意思決定するためのアステラスの独自手法。最先端科学の「バイオロジー」、技術に相当する「モダリティー」、満たされない医療ニーズ=アンメットメディカルニーズ=が高い「疾患」という3つの要素が完成すれば、「プライマリーフォーカス」と位置付けて、経営資源を優先的に投入するというものだ。現在、遺伝子治療、がん免疫、再生と視力の維持・回復、ミトコンドリア、標的たんぱく質分解誘導(TPD)の5つをプライマリーフォーカスと位置付けている。眼科の専門家とのネットワークや販売網を有する今回のアイベリックの買収には、再生と視力の維持・回復のプライマリーフォーカスの発展にも通じる意義があったとアステラスは説明している)

プライマリーフォーカスでは、遺伝子治療に関して19年に米オーデンテス・セラピューティクスを約30億ドルで買収しました。ただ、その後の開発は決して順調ではありません。

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