新型コロナウイルスの感染予防のため、マスク姿で通勤する人たち(写真:共同通信)

 新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。ワクチンや治療薬の開発も世界中で進むが、動物実験を経て臨床試験で安全性と有効性を確認する必要があり、量産体制の整備なども含め、実用化には年単位の時間がかかるだろう。

 では、既に承認され、広く使われてきた医薬品をそのまま使うことができるならどうだろう。有効性や安全性の検証はより速やかに行え、より素早く市場投入できる可能性が高まる。そうした観点で、日本のある医薬品に対する期待が高まっている。

 その薬とは、慢性膵炎(すいえん)の治療に使われているカモスタットメシル酸塩だ。たんぱく質分解酵素の働きを妨げる作用を持つ薬で、小野薬品工業が創出し、1985年に「フオイパン錠」の名称で発売した。既に物質特許は切れており、国内で多数の後発品メーカーが同じ成分の薬を販売している。この薬が新型コロナウイルスの感染を妨げる可能性があると、3月初めにドイツの研究者らが著名な科学誌である「Cell」に発表し、注目されている。

 研究者らは、新型コロナウイルスがヒトの細胞に感染する際に、細胞の膜上にあるACE2と呼ばれる受容体たんぱく質に結合した後、やはり細胞膜上にあるセリンプロテアーゼと呼ばれる酵素の一種であるTMPRSS2を利用して細胞内に侵入していることを突き止めた。カモスタットはTMPRSS2を妨げる働きを持つことが知られており、重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)の原因となるコロナウイルスの感染を妨げることは、実験室レベルではこれまでにも報告されてきた。今回の論文で研究者らは、カモスタットを使うと新型コロナウイルスでもSARSウイルスでも、細胞への感染を妨げられることを培養細胞などを使った実験で確認した。

 ただ今回の論文によると、現在、医薬品として一般に処方される用量よりもかなり多くの量を投与しなければ、感染を防ぐ効果は得られないようだ。しかし一方で、2016年に別の研究グループがマウスを使った動物実験によって、カモスタットがSARSウイルスの感染を妨げることを報告している。このときマウスには、体重1キログラム当たり30ミリグラムが1日2回投与された。マウスで効果のあった量をヒトに換算する計算式があり、それに当てはめるとヒトの場合は1日約150ミリグラムの2回投与で効果が得られる計算になる。カモスタットは慢性膵炎に対しては、1回200ミリグラムを1日3回投与されている。つまり、慢性膵炎に対して長年使われてきたのと同じ量で新型コロナウイルスに対する効果が得られる可能性があるのだ。

 カモスタットは日本と韓国でしか承認されていないので、それ以外の国で開発するには動物実験などから行う必要がありそうだ。日本でも、肺炎を対象に承認された薬ではないので、今後、重症肺炎患者などを対象に臨床研究を行い、安全性と有効性を検証する必要はある。それでも実用化には、日本で使われている薬を用いて日本で臨床研究を行い、その有効性を検証するというのが最もスピーディーな道だ。

 この論文について小野薬品は、「論文で効果があったのは臨床で使っているよりもかなり多い量なので、うちでは積極的には検討していない。しかるべき機関から協力要請があれば前向きに対応するが、今のところは要請はない」(広報)としている。

 ただ、アカデミアの中には期待を示す声もある。大分大学医学部付属病院臨床薬理センターの上村尚人センター長は、「どのぐらいの量で効果が得られるのかは十分に検討する必要があるが、既存薬の転用で有効なら早期の実用化が期待できる」と話す。また、別の国立大学では臨床研究の計画が動き出しているようだ。

 既に国内で承認、流通している医薬品で、新型コロナウイルスによる肺炎への効果が期待される薬としては、米アッヴィの抗エイズウイルス(HIV)薬である「カレトラ」(一般名ロピナビル・リトナビル)や、帝人ファーマが販売している気管支ぜんそく治療薬「オルベスコ」(同シクレソニド)などもある。シクレソニドは、神奈川県の県立病院が新型コロナウイルスによる肺炎患者3人に投与し、3人とも改善したと報告している。帝人ファーマは3月10日に、厚生労働省からの要請を受けて、同製剤を2万本確保し、臨床研究などに供給すると発表した。なお抗インフルエンザ薬の「アビガン」(ファビピラビル)も新型コロナウイルスに対する効果が期待されているが、アビガンの承認は備蓄用であり、臨床現場で広く使われた経験はない。

 いずれにしても、既存薬からの転用で、新型コロナウイルスへの対抗手段がよりスピーディーに見つかることを期待したい。

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