厚生労働省は2月12日にも部会を開き、米ファイザーが申請した新型コロナ向けワクチンの承認の可否を審議する。ファイザーはじめ話題に上るのは海外企業のワクチンばかり。国産ワクチンはどうなっているのか。日本企業の影が薄い理由を探ると、幾つもの課題を抱えていることが分かる。

モデルナは2010年設立の新興企業だが、米国政府と2億回分の供給契約を結んでいる(写真:AP/アフロ)

 「ワクチン後進国」。2005、06年ごろ、日本は医薬品業界でこう呼ばれていた。1989年から2006年までに新しく日本で承認されたワクチンは、1995年の不活化A型肝炎ワクチンなど2製品しかない。この間、欧米では新しいワクチンが20種類前後登場し、海外との差は「ワクチンギャップ」といわれた。

 87年に米国で承認されたヘモフィルスインフルエンザ菌b型(Hib)ワクチンが日本で承認されたのは20年後の2007年だ。Hib感染症は主に5歳未満の乳幼児が発症し、重篤化して髄膜炎などを生じることもある。なぜ20年間も遅延してしまったのか。

 ギャップが生じた理由のうち最も大きなものは国に明確な政策がなかったことだ。どの感染症を警戒すべきだから、どういうワクチンの研究開発を進めるべきだといった羅針盤がなく、メーカーはリスクを取ることをためらった。

 当時の製造者は小規模な財団法人などが中心で、臨床試験などへの多額の投資も難しかった。販売は大手製薬任せで、市場ニーズも十分把握できていなかった。日本のワクチンに関する基準が海外と異なるため、海外ワクチンの導入が難しいといった問題もあった。

 「日本人はワクチンへの警戒感が強い」と指摘する声もある。実際、子宮頸(けい)がん予防用のヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは09年に初めて承認され、13年4月に定期接種に組み込まれたが、手足にしびれが生じるといった副反応から13年6月に積極的勧奨の差し控えが決定した。今もHPVワクチンの接種率は低下したままだ。

 海外ではHPVワクチンの安全性を問題視する声は少なく、世界保健機関(WHO)も「安全と考えられる」旨の声明を出している。日本では1980年代後半に、インフルエンザワクチンの集団接種の有効性を疑問視する開業医などによる研究がメディアで取り上げられ、94年の法改正で定期接種から任意接種へと変更された。その結果、製造量が前年の6%に落ち込んだ経緯がある。

グローバルビジネスという視点を

 厚労省も問題を認識したのか、05年に検討会を立ち上げ、議論を経て07年に「ワクチン産業ビジョン」を策定した。国内市場に輸入ワクチンを導入して競争を促すとともに、日本企業にはグローバル展開などを通じた競争力の向上を求めた。研究開発・生産体制の整備の支援や、規制の見直しなどを進め、ワクチン産業の振興を後押しした。この結果、HPVワクチンやロタウイルスワクチンなど新しいワクチンが日本に導入され、ギャップの解消は進んだ。

 だが、ワクチンや感染症関連の政策は長続きしない。少子高齢化という切実な課題を前に、政策の優先度が上がらず、官民の関心も薄れた。09年の新型インフルエンザを経験した後、日本でもワクチンの早期開発、量産化の必要性が認識され、国は国内製薬企業によるワクチンの研究開発・生産体制構築を支援したが、せいぜい国内分の量をカバーすることしか考慮されていなかった。

 今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行で日本のワクチン後進国としての現状が改めて浮き彫りになった。財源を含めたワクチンの準備を進めると同時に、国民に対してワクチンの重要性への理解を促すことも政策的な課題といえる。過去のワクチン接種に伴う副作用への不信感は根強い。しかし、ワクチン接種のリスクとベネフィットを国民に説明し、自己決定を促すことも国の役割だろう。不信感のため新しいワクチンを導入しなければ、国民を感染症のリスクにさらすだけだ。

 さらに認識すべきなのは、ワクチンがグローバルビジネスであることだ。発症予防効果を証明するには流行地域で数万人の大規模臨床試験を行う必要があるが、それには当該国の政府との交渉や、国際機関の支援も必要になる。承認後は一般的にその国に供給する責任も生じる。だが、日本国内を前提とした1000万人、2000万人分といった生産体制で国際社会が取り合ってくれるだろうか。

 ファイザーと組んだドイツのビオンテックは08年、米モデルナは10年に設立した新興企業だ。それが米政府やメガファーマのバックアップで国際社会での役割を果たしつつある。日本にもアンジェスをはじめ新型コロナのワクチン開発に挑戦している先端スタートアップはある。日本に欠けているのは、グローバル化を後押しする支援体制ではないだろうか。

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