新車開発ではあらゆるものがデータで置き換えられるようになっているが、最終段階に必要とされるのが車の個性を決める「乗り味」だ。日産自動車でその乗り味を決める存在とされてきたのが、テストドライバーのトップに立つテクニカルマイスターの加藤博義氏。テストドライバーとしては異例の「現代の名工」にも選出され、数値に置き換えられないクルマの価値を後進に伝えようとしている。

 日産自動車は7月15日、クロスオーバーSUV(多目的スポーツ車)タイプの電気自動車(EV)「アリア」を2021年半ばに投入すると発表した。日産は今後18カ月で12の新型車を投入する。カギを握るのが電動化や運転支援技術だが、クルマの価値はそれだけではない。自動車の作り込みで欠かせない「乗り味」の追求。その最後の砦(とりで)を支えるのは、テストドライバーの存在だ。

 日産でレースドライバーと同じ職位に就いているのが、テクニカルマイスターである加藤博義氏(62)だ。加藤氏はテストドライバーとして日本で唯一、2003年に「現代の名工」に選出。04年には「黄綬褒章」も受賞している。

 現代の名工とは厚生労働省の管轄で、卓越した技能者を表彰するもの。伝統工芸品などのその道の「匠」が選ばれることが多く、自動車のテストドライバーが選ばれるのは珍しい。加藤氏が選ばれた理由は明白だ。サーキットで時速200キロを超える運転をしながらも、車の状況を正確に把握し、開発部隊に伝える。そんな正確無比のドライバーであるからだ。

 テストドライバーとして名車「スカイライン」「フェアレディZ」の開発に携わるなど花形の部署を歩んできたかに思える加藤氏。だが、現代の名工に行き着くまでに、地味な仕事を積み重ねてきた。

 加藤氏は日産工業専門学校(当時)を卒業後、1976年に日産に入社した。「ブルーバードに憧れて、入社を決めた」(加藤氏)。希望通り、テストドライバーを抱える車両実験部に配属されたが、そこにいるのは個性の強い先輩ばかりだった。「なんだそのクラッチは」「なんだそのハンドルは」。ハンドルを急に切ると、その度に怒られ、工場ではスパナが飛んでいることも少なくない。「戦国武将の柴田勝家や斎藤道三みたいな先輩がズラっといる。こだわりの多い先輩たちに怒られながら育ててもらったおかげで、癖のない運転が身についた」と加藤氏は話す。

 そんな加藤氏の転機となったのが、1989年に発売された、「第2世代」と称される「スカイラインGT-R(R32)」の存在だ。全日本ツーリングカー選手権(JTC)のレースでは29連勝をし、今でもファンから愛される「伝説の名車」だ。

 そのGT-Rの発売に先立って、日産は84年から電子制御の4WD(四輪駆動)の開発に乗り出した。そこで加藤氏が割り振られたのが、アクセルとハンドルの電子制御に向けて、データを収集する作業。テストコースを走り抜ける華やかなテストドライバー像からはほど遠い地味な仕事の繰り返しだった。

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り1146文字 / 全文2389文字

日経ビジネス電子版有料会員になると…

特集、人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

ウェビナー【日経ビジネスLIVE】にも参加し放題

日経ビジネス最新号、10年分のバックナンバーが読み放題

この記事はシリーズ「クルマ大転換 CASE時代の新秩序」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。