3月11日、2020年の春季労使交渉で主要各社が基本給を底上げするベースアップ(ベア)や一時金などを一斉に回答した。トヨタ自動車はベアを見送ると回答。「ベアゼロ」なのは7年ぶりとなる。賃上げ額は総額で月8600円。労組は組合員平均で月1万100円の賃上げを求めていた。一時金は6.5カ月の満額を回答した。

 今年の交渉の焦点は、経団連が求めていた年功型賃金など日本型雇用システムの見直しにあった。賃金相場形成に大きな影響を与える「パターンセッター(先導役)」の代表格として注目されるトヨタ。昨年から、評価に応じメリハリを付けた賃金制度への変革を掲げ労使での交渉を続けてきた。20年は、河合満副社長が「この会社で働く全ての人の行動をモデルチェンジするラストチャンス」と位置付ける年だ。

(写真:ユニフォトプレス)
(写真:ユニフォトプレス)

 トヨタ自動車労働組合は今年の春闘で、これまで一律ベアに用いてきた賃上げ原資を、5段階の個人評価に応じて配分する新しい仕組みを提案していた。評価に応じて給料に差が付く制度をこれまで以上に強化する方式で、個人のモチベーションアップにつなげるのが狙いだった。「頑張る人に報いる制度」として、メリハリを付けようとする会社の方針とも歩調を合わせた格好だった。

 西野勝義執行委員長は労組の決起集会で「メリハリを付けた配分とすることで『職場の一体感を損なうのではないか』と考えたが、みんなで頑張っていくマインドにしていくために、頑張っている人にこれまで以上に報いることが必要であるとの思いから、要求案を構築した」と語っていた。

 しかし、結果はゼロ回答。ベア分だけを見ると、組合側から秋波を送った「横並びではなくメリハリを付けた昇給にする」というシナリオが崩れたことになる。

 背景にあるのは、自動車産業で「100年に1度」ともいわれる変革に対するトヨタの危機感だった。

 トヨタによれば、豊田章男社長は組合への回答に当たって、「これからの競争の厳しさを考えれば、既に高い水準にある賃金を、引き上げ続けるべきではない。高い水準の賃金を、このまま上げ続けることは、競争力を失うことになる」と語った。

 11日午後に開かれた説明会で、トヨタの桑田正規・総務・人事本部副本部長は「CASE対応などで、現業で稼ぎ、投資に充てている。熾烈(しれつ)な競争の中でまだまだ先が見えず、危機感は相当大きい。当社の賃金レベルは相当高いレベルにあり、これ以上、賃金を上げると、状況が変わった時に雇用への影響が出る」とベアゼロの理由を解説した。新型コロナウイルスによるマクロ経済への影響については「反映していない」とした。

 西野委員長は、中小企業などへの影響を勘案し「(トヨタの)改善分ゼロ、という結果だけの影響を(中小企業などが)受けてしまうのではないかと考えると、正直耐えられない気持ちもある」とコメントした。

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